第28話
「もう私たちは前に進むしかないんだ! 数多の犠牲の上に立って、『燃える悪夢を倒した英雄』になるしかないんだよ!」
「おい、まさか」
「まさかも何も無い! もうこれしかないんだ!」
ロキは半ば絶叫して、もう一体の堕落も同じ様に切り刻んだ。
血が跳ねる。声も殺されるかのようにばらばらになっていく。ファルはただ呆然と、絶望を顔に浮かべて立ち尽くしていた。
「お前……っ」
「なんだい? 当たり前の事をしたまでだけど」
「お前、何で笑ってんだよっ!」
ファルが怒りのままに茨の魔法をロキに使用した。それをロキは堕落に使った魔法で切り落とした。
ロキは笑いを抑えきれない様子で言葉を発する。
「さぁ、なんでだろう。でも、愉快でたまらないんだ」
答えと共にファルの両足も切りつけた。彼は立つことが出来ない。
「ロキ……、お前だけは必ず……」
自分の足を気にも留めず、激しい憎悪を纏って言葉を投げつける。しかし、それに対してロキは冷静を取り戻す。少なくとも、さっきまでの感情の激動は見られなかった。
「その気持ちを忘れなければいいよ。忘れなければ、これからも生きていけるだろう」
その言葉の意味が私には理解出来なかった。
「…………そうだな」
けれど、ファル自身には心当たりがあるらしい。彼は小さな声で頷いた。
「さあ、こんな地獄から早く帰ろう」
「なら足を返せよ」
「嫌だね。でも引き摺ってあげるから感謝して」
「クソが……」
ファルの体を引き摺って、二人は燃える悪夢がいた現場から離れた。
そして視界が再びホワイトアウトする。瞬きをすると、事務所の応接間に戻っていた。
「どうだった?」
「……大体の事情は分りました。どうしてファルさんが貴方を……よく思っていないのかも」
「そうだね。私は彼に酷いことをした。その自覚はあるよ」
「でも、それは燃える悪夢の、負の連鎖が生み出した結果に過ぎなかった……」
おや? と、ロキが目を丸くする。
「そういう結論を出すんだ。意外だな」
「多分これは私が部外者だから出せたこと……。人を殺すことが正解のあの状況で、私は誰が悪いのかとか、そんなの決められません」
「へぇ」
「でも質問したい事がいくつかあります」
「言ってごらん?」
「まず、貴方は人を殺すことが好きなんですか?」
あの光景を見て、最初に思った疑問。あんな狂気の滲み方は常人では無理だ。
彼は人差し指を立てて、わざとらしく説明する風に話し始める。
「誤解しないでほしいけど、私は人を殺すのを楽しんでいる訳では無いよ」
「では人じゃなければ?」
「堕落を殺すのは好き、というより興奮するね。加えて私に反抗するのを痛めつけるのも気持ちが良い」
やはり性格が歪んでいる。私はそれを平然と言ってのける彼に口元が引きつるも、その上で質問しなければならないことを続けた。
「あの光景は六年前のものですよね」
「うん。あ、もしかしてもうファルに聞かされてた?」
「直接的には言われてませんが」
だとしたら、この一件から彼は人との繋がりを極力避けているのだろう。その気持ちはとても分かる。もし、私がファルの立場で、ファルが犠牲になった二人の立場だったら。
私はまだ彼と出会ったばかりだし関係も浅いが、それでも大きなショックやトラウマとして残るだろう。
そして、次が最大の疑問だ。
「今見せて頂いたのは『ロキさんの記憶』で間違いないですね」
「勿論」
「なら、どうして貴方はファルさん達が堕落のいる現場に駆け付けた瞬間が記憶に残っているのですか」
「…………」
「あれは貴方の想像が見せた幻。もしくは、貴方はファルさん達よりも早く現場に来ていた――」
ロキは黙ったままだ。けれど、その顔は愉悦を含んで笑っている。
「誰かが犠牲になるのを貴方は知っていて、その上で何もしなかったんですね」
「その通り!」
彼はパチパチと拍手する。この無音の空気の中で、その音は空回りしていた。
「でも言い訳するとね、あの時はそれがたまたまファルだったってだけだ。彼を狙った訳じゃない」
「あの堕落の性質なら、遅かれ早かれ一人は魔法使いが犠牲になっていたでしょう」
「そう。何故か私やファルは無事だったけど、なんでだろうね」
その点についてはファルから聞いたことがある。確か、堕落になるまでの負の魔力を溜め込める量は個人差があるらしい。その量の多さも魔法使いの才能らしい。
「どうやら私達は、よっぽど悪運が強いんだろうねぇ」
「まるで他人事ですね」
「それはそうだよ。だって、いつどうなるか分からないんだから」
「天命に任せるのみさ」と、飄々とした口ぶりでこの話題を終わらせる。
「それで、まだ聞きたいことある?」
まだ言いたいことがある。あんなことを見せられたのなら尚更だ。
「ファルさんに謝ってください」
「は? なにそれ」
「出会った途端に殺し合うなんておかしいですよ。このことを謝って、ファルさんに許してもらえればそれで解決です」
「人形ちゃんもこの短時間で、随分と偉くなったものだねぇ」
――ガチャン。
テーブルの上に置いてあったティーカップが粉々に割れた。
「私のさじ加減一つで、君もこうなるってことくらい分かってるよね?」
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