第27話

「これ以上犠牲を出させるもんかっ!」


「さっさとくたばれ……っ」


 ニルとクエレが燃える悪夢にとどめを刺しに接近した。彼等の手には銀色の剣が握られている。


 この瞬間、私には何故彼らが燃える悪夢に接近したのか、意味が分からなかった。結果が分かっていたからだ。冷静さを欠く程に焦っていたのだろうか。このままでは、彼らも――。


 二人は堕落に深く剣を突き刺した。堕落は低く呻きながら、体を膨張させていく。


「な、なんか膨らんでるっ! なにこれっ……!」


「早く死んでくれ!」


 動揺する彼等を後目に、ロキは憐れなものを見るような目で話を続ける。


「この事件の時、堕落退治を生業としている人は皆焦っていた。人がどんどん化け物になって、殺して、化け物になって。私の事務所でも精神を病んだ人は沢山いたなぁ」


「何他人事のように話してるんですか! 貴方だって当事者でしょう!?」


「当事者だからこそ分かるんだよ。彼らの焦り、不安、恐怖が……」


 堕落は膨張しきった後、二人を巻き込んで爆発した。赤黒い液体が四方八方に飛び出し、黒い霧が霧散する。


「なんだこれっ! 体が、体が溶けていく」


「い、いやだっ! 気持ち悪い!」


「クエレ!? ニル!? どうしたんだ!」


 彼らの様子が明らかにおかしくなっていく。彼らは半ば発狂じみた声でファルに助けを求める。


「ね、ねぇ、助けて、ふぁる……」


「嫌だ……俺はだらくなんかに、なるわけには……」


「おい、しっかりしろ! おい!」


 ファルが急いで二人の元に駆け寄る。二人の周りには、今だに黒い霧が立ち込めている。


「嘘だろ……なんで…………」


「ご、め」


「す、ぐ……ころ……」


 皮膚が剥げ、燃える悪夢に似た肉塊と化していく。やがて二人の境目は曖昧になり、一つの塊となった。ファルは呆然と立ち尽くしている。


「なん、で。だって、お前ら、さっきまで」


 ファルが声を漏らすが、それはもう“堕落”には届いていない。巨大な肉塊はファルを飲み込もうとした。


 彼は咄嗟の判断で後ろに距離を取った。けれども、もう彼には戦意が無い様だった。


「何を躊躇っているんだい? 相手は堕落だよ?」


「!?」


 空間の裂け目の様なものが出現し、ロキ……燃える悪夢が出現した『当時』のロキが現れた。


「あれが当時のロキさん……」


「流石私。若いね。若くてかっこいいなぁ」


 『私の知っている』のロキが、目を閉じ自慢げに頷いている。それに比べて当時のロキは、とても殺気立っていて、その上何故か恍惚としてた。


「ロキ! 躊躇うも何も……あいつらは俺の仲間なんだ、どうにか助けなきゃ」


「そんな甘えが通じる相手じゃないのはもう分かってるだろう?」


「だけど」


「ファル、君だって散々こうなった堕落を殺してきた……。それが私の仲間だったとしても、君達は冷酷に処分した」


「…………」


 二人の複雑な気持ちと、過去の行いが交錯する。今までしてきた『仕方の無いこと』がファルの身に襲い掛かる。


 思い沈黙を破るように、二体の堕落が咆哮する。ファルは焦り、ロキは面白そうにファルの判断を待っている。


「で、どうするの?」


「…………」


「これ以上街の被害を出すのは避けたいよね」


「………………でも」


「でも?」


 ロキも段々と苛立ちを募らせている様だった。ファルに近づき、両肩をガッと掴む。


「早く判断するんだ……!」


「……でも、俺はあの二人を殺せない」


 今度はロキが沈黙する番だった。ファルは剣を地面に捨てた。


「今までずっと仲間だったんだ。生涯の仲間なんだ……」


「…………それが君の答えかい」


「ああ。だから俺は――――」


「そんな甘えを許せる訳無いだろう!」


 ロキが一体の堕落を空間ごと切り刻んだ。飛び散る鮮血と黒い霧。低く切ないうめき声を上げて、堕落が倒れる。もう一方の堕落は突然のことに動揺している風だった。肉塊のはずなのに、まるで『仲間を突然失った』かの様に悲しんで…………。


「――――は?」


「ファル、君が殺せないと言うのなら私が殺そう! そんな甘えた考えが『今になって』通じるとでも思っているのかい!?」


「ロキ……?」


 明らかにロキの様子がおかしい。彼は言っていることこそまともに聞こえるが、冷静さを失っている。どこか興奮していて、息が上がっている。

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