第26話

「君や私が見ているのは幻覚だよ。君の意識を私の記憶の中に飛ばしたんだ」


「記憶の中? じゃあこれって」


「実際にあったことだよ。間違いなくね」


 人々の絶叫と炎が燃え盛る音がぐるぐると頭の中で反響する。


 これがロキの体験してきた世界。これがロキの体験してきた『堕落の脅威』。


 一帯を焦土と化す力を相手に立ち向かわなければいけない恐怖に、体が支配される。


 そういえば、ここには肝心の堕落がいない。


「堕落は、今どこに……」


「私が堕落の姿を見るのはもう少し先だ」


 ゆっくりと彼は黒焦げた道を歩いて行く。それに私も続く。


「大丈夫? 怖くないかい? 震えているようだけど」


「平気です」


 こんな所で怖気づいてられない。


「そ。なら話を続けよう」


 彼がこの光景を私に見せたのにはきっと意味がある。そして、それは多分もっと残酷な――。


「まず原因から説明しようか。この災害は『燃える悪夢』という堕落によって引き起こされた」


「名前が付いているんですね」


「名前が付くくらい凶暴だったのさ。実際燃える悪夢が起こした災害は、これ以前に二回あってね。二回ともそれはもう酷い有様だった」


 同じような地獄を二回も引き起こしていたのか。けど、ならロキやファルたちは何をしていたんだ。


「私達も食い止めようとしたよ。だけど、そうやって街を助けようとした魔法使いは殆ど死んでいった」


「それほどまでに強かったということですか」


「強いのは勿論なんだけど、この堕落はもう一つ厄介な能力を持っていたんだ――」


 ロキの歩みが止まる。


 奥の方を見ると、そこにはギラギラと黄金に輝く、気持ち悪い“何か”が蠢いていた。


「あれは……、肉?」


「何度思い出しても気持ち悪い。大きな金色の肉塊が動くなんて」


 肉の塊が何かを吹き出す。吹き出た液体は、空気に触れるとたちまち燃え出していった。


「あれが燃える悪夢。人形ちゃんの想像とは違ったかもしれないけど」


 正直見た目がとても気持ち悪いだけで、ここまで街を壊滅させる程の能力を持っている様には見えない。


「人形ちゃんには分かんないだろうけど、これが出す液体と炎は負の魔力の塊みたいなものでね……」


「堕落が生み出したものなんですから想像は付きます」


「うん。でも、これの厄介なところはね」


「これと、これが生み出した炎の近くにいると、自分自身にも大量の負の魔力が生まれてしまうんだ」


「つまり」


 つまり、この災害はこの堕落一人が生み出した訳じゃなくて……。


「この堕落を退治しようとした魔法使いたちが、堕落になっていった……」


「そういうことだね。私の処理課の人も何人堕落になったか分からない。そいつらの処理に手こずっているうちに、被害はどんどん大きくなっていった」


 こちらを振り返った彼は、哀愁を漂わせていた。


「昨日まで一緒にご飯を食べていた仲間が化け物になって、それを私達が殺さなきゃいけなかったんだ」




 ――六年くらい前は友達がいて、そいつらと一緒に飯を食ったりしてたけど、それ以降は基本一人だな。




 ファルが言っていた言葉を思い出す。


「私はね、それが本当に辛くて、悲しくて、そしてとてもとても――」


「見つけたぞ! 今日こそ絶対に殺してやる…………」


 堕落のいる方で聞き覚えのある声がした。ロキと一緒に近づくと、そこには今よりも若い見た目をしたファルと、同じく若い男性二人が駆け寄っていた。


「あの子達の名前はクエレとニル。ファルと一緒に『雪風処理課』を経営していたんだ」


「あの人達が……ファルさんが言っていた同僚……」


 ファルが茨を出し、堕落を拘束する。そこにニルとクエレがそれぞれ魔法を繰り出す。


 クリスタルの様に美しく輝く破片が堕落に突き刺さり、破裂する。そこに全てを切り裂いてしまえそうな風が巻き起こり、堕落を八つ裂きにした。


「雪風処理課は確かこの三人だけで動いていたんじゃなかったかな。だからこそ三人の絆は深かったよ」


 ロキはファル達の戦いが見えていないかの様に平然と話しを続けた。


 彼等は必死に戦っている。その力は燃える悪夢すらも圧倒していた。

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