第25話
◇ ◇ ◇
「ここ、ですよね」
一週間後、私は一人で紅月事務所の前まで来ていた。コンクリートでできた、何階にもなる巨大な建物。それを見るだけでこの課は大規模なものだということが分かる。
ファルには「買い物に行ってくる」とだけ伝えて家を出た。最初は着いていきたそうにしていたが、「もうここに来て一週間以上経っているから大丈夫」だと伝えると信用してくれた。結果その信用を裏切ることになってしまったが、それは仕方のないことだ。ロキに会わなければ得られない情報があるのだから。そう本当のことを言ったら、きっとファルは私を止めていただろう。
意を決して中に入る。すると、昨日のロキと同じ紺色のコートを着た職員が受付にいた。
「何かご依頼ですか?」
「いえ、あの、ロキさんはいらっしゃいますか」
「お名前をお聞きしても?」
「クオンです」
思えばアポイントメントを取らずに来てしまった。彼は処理課の課長だ。今この場にいなかったら出直しということになる。感情に任せて冷静な行動が出来なかったと反省する。
「クオン様」
「は、はい!」
「今所長が応接間に向かいますので、しばらくお待ちください」
受付の人に応接間まで案内してもらい、そのまま待つ。黒色のふかふかのソファーに座っているが、体はかちこちに固まっている。
一応護身用でレイピアは持っているが、あの魔法の前ではほぼ無力だろう。この一週間にみっちり戦闘訓練を受けたとはいえ、そんな付け焼刃が通じる相手ではない。
緊張しながら待っていると、遠くで陽気な鼻歌が聞こえた。
「ふっふふっふふ~ん」
声がだんだんと近づいてくる。明るい歌を歌っているのに、彼が近づくにつれ場は冷えていく。
そして、応接間の扉が開かれた。
「待たせたね! ……昨日ぶりだね、人形ちゃん」
「ロキさん……先週はどうも」
ぱぁっと笑顔を浮かべて、ロキは私の向かいのソファに座った。
「やっと会いに来てくれたんだ。私、とても嬉しいよ」
「こちらこそ、このような機会を与えて頂きありがとうございます」
「そんなかしこまらなくてもいいよ。どんなに無礼でも人形ちゃんのことは壊さないから」
『人形ちゃん』という言葉が引っかかる。この人はどこまでお見通しなのか。彼の目を見ると、まるで自分の心の全てを彼に知られるような気がする。
ここは、何か余計なことを言われる前に本題に入ろう。
「ロキさん」
「なんだい?」
「ファルさんのこと、教えてください」
目をつむり、言葉を投げつけた。しばらく沈黙が続く。もしかしたら殺されるのかもしれないなと、体が強張る。それ程にこの沈黙は重かった。
「……人形ちゃん、それ、本気で言ってる?」
「私は本気です」
「よりにもよって私に聞くのかい?」
「仲が、よさそうでしたので」
彼は一見意外そうにしているが、それも全て想定の通りといった感じでふむふむと頷いている。
「なら俯いてないで私の目を見て? 怖くないから」
怖いに決まっているが、ここで怖気づいたら来た意味がない。
「目を合わせたら、ファルさんのこと、教えてくれますか」
「それは分からないけど、可能性はあるね」
勢いに任せて顔を上げる。途端に深紅の瞳と自分の緑の瞳が合う。
「うん。いい子だね。じゃあ行こうか……」
行くってどこへ? そう思ったのと同時に視界が黒く染まる。
「な、何をしたんですか……」
「君が知りたかったこと、聞きたかったことに手っ取り早く答えてあげようと思って」
視界が戻ると、そこには地獄の様な光景が広がっていた。深夜、美しい満月が登った夜空の下で、辺り一面が火の海で染まっている。ここはきっと街だ。そうだったはずだ。
建物は焼け崩れ破壊され、周囲に響くのは人々の叫び声。少し辺りを見渡すと、炎に焼かれている人や、瓦礫に挟まっている人だったものがあった。
「なに、これ」
色々なものが焦げた匂いと、血の匂いとが混ざった空気を吸い込むたびに吐き気がする。
街一帯がこんな阿鼻叫喚と化す原因は、現時点で一つだけ思い当たった。
「これも堕落のせいなの……?」
「うん。その通りだよ」
後ろからロキの声が聞こえた。
「ここはどこなんですか……!」
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