クエレ//ニル

第22話

「やーやー! やっと私の名前を読んでくれたね!」


「…………」


 カツカツと音を立ててこちらに歩み寄って来る男性。さっきファルはこの人のことを『ロキ』と呼んでいた。


 彼は中性的かつやや男らしい見た目をしていて、背がとても高い。焦げ茶色の髪から覗く紅い瞳が、まるで血をそのまま瞳に塗りたくったかのように妖しく光っている。


 紺色のコートを肩にかけ悠々と歩くロキは、一目見ただけで只者ではないと分かる程の威圧的な雰囲気を醸し出していた。


「あの、ファ――」


「お前はそこにいろ」


 ファルも只ならぬ殺気を放ちながらロキに向かって歩いて行った。二人の距離がどんどん縮まっていく。


 そして、顔と顔が触れそうになるくらいまで二人は近づいた。ファルは心底憎そうにロキの顔を見上げ、またロキも挑発的な目でファルを見下ろした。


「しばらく大人しくしていたと思えば……。まさか人形遊びをしていただなんて」


「黙れ。このイカれ野郎が」


 ――ばしゃっ。


 ファルがそう言った時、廊下に鮮血が飛び散った。


 …………え?


「生意気な口を利くじゃないか。一体いつからそんなに偉くなったんだい?」


「何言ってやがる……。お前だってそんな大した人間じゃないくせに偉そうにしやがって。身の程を知れ」


 目の前ではファルが片足を切断され蹲っていて、ロキは茨で貫かれた両腕を床に落としていた。


 周囲にいた人達が異変に気付きざわめくが、誰も彼等を止めようとはしない。協会の人に助けを求めようと見渡すが、彼らは皆まるで何も起こっていないかのような態度を取っていた。


 とにかく止めないと。そう思いファルに向かって駆けだそうとした。しかし――。


「――――っ」


「あれ、駄目だったかな」


 一体何が起こったか分からなかった。足に茨が絡んで動かすことが出来ない。そして、一瞬で数ミリの前髪だったものがぱらぱらと地面に落ちた。


「そこにいろって言っただろうが!」


「……でも」


「彼の言う通りにした方がいいよ。君の体なんか木っ端微塵に――」


 そう言ってロキが手を振りかざし、応戦しようとファルが茨を生成した時。


「もうその辺で止めた方がいいと思うよ~?」


 若く陽気な声が聞こえた。その一声で周囲に立ち込めていた殺気が消え失せ、あるのは重い沈黙と冷たい視線だけになった。


 彼、もしくは彼女かもしれない。どちらかと言えば女性の様な、可愛らしい緑のショートヘアで、サン協会の制服である蒼いコートを着ていた。背はとても小さい。そして、一番特徴的なのは目で、なぜか“く”の字の様に目を瞑っていた。


「デラニーじゃないか! 久しぶりだね!」


「『久しぶりだね!』じゃない! もう! 全くキミ達は会うといっつもそうだよね! ボクの気持ちも考えてほしいよ」


 そんな、ここにいるだけで息が出来なくなるような空気の中でロキとデラニーと呼ばれた人は楽しそうに話す。


 その間に私はファルに駆け寄り抱き着いた。


「ファルさん! 大丈夫ですか!? まさかこのまま……」


 彼は額に汗を滲ませながら、私にだけ聞こえる声で呟いた。


「大丈夫だって……安心しろ」


 切断された足からは絶えず血が流れている。大丈夫なはずがない。このまま死んでしまったら――。

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