第19話

 ◇ ◇ ◇




 その後、軽口を叩き合いながらも楽しく会話し、自宅に着いた。


「よっしゃ。昼飯だ昼飯」


 時刻は正午を少し過ぎた辺りだ。少しお腹が空いてきていたのでありがたい。


「昼は適当にパスタでいいよな。レトルトのソースもあるし」


 彼は棚から麺とパスタソースを取り出した。


「このソース……」


「そうそう。長く保存できるように魔法がかかってるんだ。袋を開封すると魔法が解けるしくみになってる」


「一体どんな原理なんでしょう」


「そういうのは学校とかで習うんじゃないかな」


 学校。そういえば学校というものがあった。魔法は使えないけれど、いつか魔法やこの世界についてもっと詳しく勉強してみたい。そんな機会は訪れるのだろうか。


 ――多分、無理だろう。


「ファルさんはどんな学校に通ってたんですか?」


「俺は学校行ってないよ」


 鍋に入った水が沸騰したので麺とパスタソースの入った袋を入れる。


「だから頭悪いし。同業者として学校行ったことあるやつともよく会うから、ちょっと羨ましいな」


「そうなんですね。私も行ってみたいなぁ」


「クオンなら何でも覚えられそうだ。俺は……この年で一から勉強しに行くのもきついから、クオンに教えてもらおうかな」


 ――また切なそうな目をしている。今後学校の話題は控えよう。でも、彼は地頭が良さそうだ。きっと感覚で色々覚えていくことができる、そんな気がする。


 そうだ、体育とかはどうなんだろうか。運動神経がよさそうだし、足も速いだろう。事実、昨日ファルは風のように走っていたし。


 運動会の短距離走で一位を取って、幸せそうに喜ぶ彼を想像する。そんなことがあったら、どんなにいいか――。


「……俺も学校に通えたらな」


 『どうして通えなかったのか』、そんなこと、聞ける訳がない。


「なーんて、無いものねだりしたってしょうがないか! クオン皿取ってー」


 食器棚から皿を二枚取り出した。それを彼に渡した後、二つのカップにアップルティーを淹れる。


「父さんや母さんも、本当は――」


 そこから先は聞き取れなかった。ただ、地雷に触れてしまったのは確かだ。




「なんですかこれ……」


「あっはっは! ……俺にも教えてくれ」


 昼食を食べ終わり、報告書を作成するために書斎へ行くと、そこはもう足の踏み場も無い大惨事になっていた


 壁に沿って本棚があるのだが、読んだ本は床に散らばっており、棚の中はスカスカだ。加えてこれはボツにした報告書だろうか。様々な紙がそのままだったりくしゃくしゃに丸めてあったり、とにかく沢山床に散らばっている。


 何より埃が多すぎる。息をすると嫌な感じがする。こんな環境で人間が作業しているなんてありえない。


「あ、あの」


「なんでございましょうか」


「この部屋の中で作業するわけないですよね。ここから資料を取って、それからリビングで作業するんですよね」


 彼は腕を組み目を閉じた。


「それがねぇ、ここでするわけなのですよ」


「片づけましょう‼」




「はぁ、はぁ」


「……凄いな、お前」


 四時間だ。四時間かけて全て綺麗にした。


 窓を開け換気をし、いらない紙は全てゴミ袋に入れ、床に散らばっていた本は埃をはらって元あった場所に戻した。他の埃も同じくはたきで落として、床や窓を雑巾で拭いて、とにかくぴかぴかにした。


「これで、どうですか」


「ほんと綺麗になったなぁ。ありがとな。これで仕事が捗る」


 いつからあんな状況だったんだろう。呼吸器とかは大丈夫なのだろうか。絶対に体に悪い。


「ま、これも魔法を使えば一瞬で綺麗にできたんだけど」


「無神経なことを言わないで下さい!」


「嘘です」


 これから掃除は特にしっかり、そしてこまめにやろうとクオンは心に誓った。




「で、結局報告書は作れなかったな」


「誰のせいだと思ってるんですか」


「まぁ今日中に終わらせなくていいんだけど」


 ため息を吐く。掃除をした後休憩して、その後ぐでぐでしていたら夜の八時になっていた。


 ぐでぐでというのは具体的に言うと、書斎にある本を読んでいた。文学小説や娯楽小説も沢山あって、読んでいて飽きなかった。ファルも本を読んでいるのを止めはしなかったので、三時間程読書をしていた。


 その時、気になったことがある。


『本を読むなんて久しぶりです』


『久しぶり? 一昨日読んだだろ』


『あれは絵本だったじゃないですか。私が言っているのは活字の――』


『……なるほどな』


 こんなやり取りがあったのだ。


 もうそろそろ自分のことを真剣に調べたり、聞いてみてもいいかもしれない。ファルがなぜ自分を拾ったのかも気になる。上手く聞き出せるタイミングはないのだろうか。


「そろそろ飯にするかぁ」


「肉が食べたいです」


「またかよ。よく飽きねぇな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る