第16話

 ◇ ◇ ◇




 深夜、ファルの寝室でクオンとファルは同じベッドで背中合わせで寝ていた。電気は消してあるので暗い。


「なぁクオン、起きてる?」


「……起きてます」


「今日、どうだった」


 聞かれて返答に困る。髪を切ったり日用品を買ってもらったり、制服や武器を注文してもらえたり。家に帰った後は本当に買った物がリビングのテーブルの上に転送されて驚いたし、焼き肉もどても美味しかった。だから、いい日ではあった。


「まさか外に連れ出した初日に堕落に会うとは思わなかったんだ。ごめん」


 そう、堕落だ。納得したとは言え、まだあの時の感情がよく分かっていない。一体何に怒り、憎み、絶望したのか。それが本能というものなのか。


 絡繰りに、本能はあるのか。


「ファルさんが謝ることじゃないですよ。寧ろ、私が足手まといになってしまいましたし」


「あぁ、それがさ」


「気になっていたんだけど」と、声音が少し低くなる。少しの圧力が感じられた。


「何ですか?」


「どうやってナイフで突いたの?」


 堕落の動きが止まった時のことだろうか。自分でもよく分かっていないのでありのまま説明することにした。


「なんだか頭が回転して、よく見たら鈍くですけど、黒く光ってる場所があったんです。だからそこを刺したら、堕落の動きが止まって」


 数秒の思い沈黙の後に、彼は口を開いた。


「……堕落には、必ず急所があるんだ。場所はそれぞれ違うけど、負の魔力が溜まっているところを攻撃すれば“一発で”死に至らせることができる」


「なるほど。分かりやすいですね」


「分かりやすくないはずなんだよ。少なくとも“お前にとっては”」


 お前――つまり、絡繰りにとってはということなのだろう。しかし意味が分からない。彼は一体何を伝えようとしている。


「その光、最初は見えたか?」


「――あ」


「……本当はな、それは見ることが出来ないんだ。俺だって見えない。堕落全体を魔力の塊として視認してるから」


 つまり。


「魔法使いでも見えないのに、なんでお前は見えてるんだ」


 何も言えない。そんなこと聞かれても分からないものは分からない。だって、そうは言われても“見えた”んだから。寧ろこっちが教えて欲しい。


 言葉を探していると彼は小さな声で呟いた。


「あの堕落、最後に俺が助ける直前に」




 もう、死んでたんだぜ。




 重い空気のまま、二人は無言で目を閉じた。互いに分からないことから逃げる様に。


 そのままクオンは今日一日の疲れに任せて眠りに落ちた。その直前、『人殺し』という変えられない事実が頭に浮かんだが、それを無視して。

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