第13話

「あいつ、あれで四十超えてるから」


「えっ」


 店を出てすぐ、ファルにそう言われた。


「なんか武器を鍛造する魔法を試してたら、何故か若返りの魔法が発現したらしい」


「そんなこともあるんですね」


「笑えるよな。『必死に鉄打ってたら、気付いたら若返ってた』とか言い出すんだから」


 想像すると中々にシュールだ。ファルも想像したのだろう、くっくっくっと笑いを堪えている。


「あっはは……そうそう、さっきの店で買っといたんだけど、これお前にやるよ。護身用に持っておいてくれ」


 手渡されたのは、刃渡り二十センチメートル程のサバイバルナイフだった。刃の部分は薄い青色のガラスの様なもので出来ている。光を反射していてキラキラと光っており、美しいという単語がぴったりだった。


「勿論これにも魔力が込められてるから、最悪堕落に会っても大丈夫だ。抵抗は出来る」


「ありがとうございます。大切に使います」


 ナイフの入ったカバーを両手で大切に握りしめる。これが初めての武器。自分の身は自分で守らなきゃ。


「これで買う物全部買ったし帰るか。晩飯は何がいいかなぁ」


 気付けば空はオレンジ色に染まりかけていた。楽しい時間はあっという間だ。


「お肉が食べたいです」


「いいねぇ~! 焼き肉でもするか。てかお前肉好きなの?」


 好きだと思う。美味しいし、栄養もあるし。何より何かの命を食べるという行為は自分が『生きている』という証明になる気がして。


 のんびり帰り道を歩く。二人とも今日一日に満足していた。気持ちも上向きで、ファルに至ってはご飯のことで頭がいっぱいの様子だ。こんな日をこれから過ごせていけるなら、自分はとても運が良かったのかもしれないなと思った。


 その時、空が急に曇り始めた。いや、違う。周囲に黒い霧の様なものが立ちこめる。黒い霧……それは……。


 その一瞬の思考で、私の体は一瞬でビシリと固まった。


 続いて聞こえたのは、何かが爆発するような轟音。建物が破壊されたのか、ここからそう遠く無い距離で煙が上がっている。


「ファルさん、これって」


「ああ。クオン、いけるか?」


 心配と焦りが混じった目で此方を見つめるファルに、黙って頷いた。


「よし。じゃあ行くぞ。手繋いで。走るから」


 ファルの足は速かった。俊足に置いて行かれないようクオンも必死に走る。緊張で何度か転びそうになりながらも、二人は風の様に現場まで疾走した。


 辿り着くと、緑は燃え上がり、建物は瓦礫と化していて、さっきまでの美しい街並みが嘘のようだった。至る所で炎と黒煙が上っている。


 ファルは住民に避難を呼びかけ、堕落の場所を探した。


「無常処理課所属のファルだ! 皆は早く逃げてくれ! ……クオン、こっちだ」


 手を引かれ別の場所に移動する。


「場所が分かるんですか!?」


「ああ、どす黒い魔力が見えてる。もうすぐだ」


 開けた場所に出た。そこには焼け野原になっていて、建物は跡形も無くなっていた。


 場所の中心にいるのは、例えるなら天使と龍が組み合わさったような怪物だった。白い翼を背中に生やし滞空しており、口からは黒い煙を吐いている。堕落の周囲には黒と赤の混じった霧のようなものが発光している。


「あれが、堕落」


「ちょっと待ってな。今アイツの翼を奪うから」


 身を屈めて、ファルは勢いよく黒い茨を二本、空に向けて伸ばした。茨は堕落の両翼を貫き、地面に叩き落とす。うめき声を上げる堕落。その真下から数十本の茨が突き刺さった。


「はい。これで動けないはず」


「嘘……」


 一瞬だった。一瞬で堕落の両翼はおろか手足まで奪い、身動きを取れなくした。これが堕落退治を本業としているファルの実力なのか。


「あとはコイツで仕留めれば終わりだ。でも油断すんなよ。俺が行く」


 剣を手に持ち、蠢く堕落に向って歩いて行く。クオンはただ見ていることしか出来なかった。


 堕落の元へファルが近づいた。剣を振りかぶり、そのままとどめを刺す――瞬間。


 バチッ。


 周りの赤黒い霧が発火した。ファルを囲んで大爆発が起こる。


「ファルさんっ!」


「待て! 来るな!」


「――っえ」


 爆煙が渦巻く中、堕落が一直線にクオンに向って高速で這って来た。堕落を押さえつけていた茨はさっきの爆発で焼き切ったらしい。そのまま馬乗りにされる。


「逃げろっ!」


「や、やめ」


 堕落は鉤爪の様な形をした腕をクオンに向って振りかぶった。どうしよう。動けない。それでも、パニックのままさっきもらったナイフをなんとか手に持った。


 振り下ろされる鉤爪。それを必死でナイフで受け止めた。力が拮抗しているが、堕落の方が優性だ。このままじゃ体を引き裂かれる――。




 その時、視界が暗転した。

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