第11話
「いらっしゃいませ。あら、ファルさんですか」
「よう」
茶髪を肩の少し下まで伸ばした美女が出迎えてくれた。店の中は清潔感があり、明るく落ち着いた内装をしていた。
「今日はこいつの散髪を頼みたくて」
「女の子ですか? 珍しいですね。しかもファルさんと同じ魔力が見える……」
「ちょっと事情があって。あまり探らないでもらえると嬉しい」
「ふふっ、分かりました。お名前は」
こちらを見て尋ねられる。ファル以外の人間、そして女性と初めて話すので少し緊張してしまう。
「クオンです」
「いい名前ねぇ! こっちに来なさい」
「はい」
椅子に座らされ、目の前の鏡で自分の姿を見る。……正直あまり見ていていい気持ちになる容姿ではない。
「何というか、みすぼらしい?」
「あら? そう思うのも全部髪型のせいだと思うけど。素材はとってもいいわよ」
「とっても女の子らしくて!」と、彼女が頬をつんつんしてくる。
「わぁ、ほっぺもぷにぷにね!」
「あ、あの」
「あまりこいつで遊ばないでやってくれないか」
ファルがおかしそうに笑いながら制止してくれた。このままでは彼女のおもちゃになってしまう。
「そうね。せっかくファルさんが来てくれたんだもの。しっかり仕事をしなきゃ。まずはシャンプーね」
シャンプーが終わり、さっき座っていた椅子に戻って髪を切ってもらう。ファルは雑誌を読んでいた。
「ファルさんと貴方は知り合いなんですか?」
「いえ、偶に顔を見るくらいよ」
「え」
なのにあんなに慣れ慣れしい態度というか、様子をしていたのか。
「まぁ、この辺の堕落は俺が退治してるから。俺の顔と名前はそこそこ知れ渡ってるよ」
「そうなんですね」
「『イケメン眼鏡の堕落ハンター』で有名なのよ。女性からの人気が凄いんだから」
「……おい、それ俺のこと? 初耳だけど……」
「ご存じなかったの?」
美容師の言葉にファルは目頭を押さえた。「うーん」と、何か、違うそうじゃないと言いたげな様子だ。
「でも孤高だからこその人気もあると思ったんだけど、こんな可愛い女の子が相手にいたなんて……知らなかったわ」
「なんかマジで余計なお世話なんですけど」
クオンの頭の中で、この店は間違いだったかも知れないという考えがよぎった。でも、ファルには「近所で評判の良い店」と聞かされていた。それでもなんだかいたたまれない雰囲気だ。勿論彼女だけは楽しそうにしている。
「この子とはいつから知り合ったの?」
「一週間前」
「なのにもう手をつけちゃったのね!」
「あ、あの、その言い方はちょっと……」
ほぼ初対面なのにズバズバいきすぎている。
それから四十分程、彼女のお話、というか尋問に二人は付き合わされた。
「はぁ~い! 出来た! 可愛いんじゃない?」
「おぉ……いいんじゃね」
「これが……私」
鏡に映るのは、後頭部低めの位置に二つのお団子を結んだ美少女だった。傷んだ髪も魔法で手入れをしてもらい、ツヤがありつつサラサラになっている。
「見違える程綺麗になったでしょう?」
「発言はどうかと思ったけど、腕は確かなんだな」
「その顔から辛辣な言葉が出てくるのもいいわね。なんだか飴と鞭って感じ?」
「どうしようもないな」
「で、でも、ありがとうございます。ちょっと自分のことが好きになりました」
そう言うと美容師はにっこり微笑んだ。
「その言葉が聞けて嬉しいわ。自分に自信を持った女の子は一番可愛いから」
「そのきっかけになれたなんて私、うれし~!」と、一人で盛り上がる彼女。言動は多少あれだが、言っていることはもっともだと思う。ファルも困惑こそしているが満足している様子だ。
「シャンプーやトリートメント、ヘアオイルとか、クオンちゃんの髪に合ったのがあるけど買ってく?」
「ああ。ありがとな。これ代金」
「はい。またお越し下さい。クオンちゃんも、話し相手が欲しかったらいつでも来てくれていいのよ!」
「あはは……ありがとうございます」
「ほんと可愛くなったなぁ~お前!」
街を歩きながら、ファルに頭を撫でられる。通り過ぎる人達がちらちらと此方を見てきて少し恥ずかしい。
「あれ、無常処理課のファルさんじゃない?」
「いつも一人じゃなかったっけ」
「一緒にいる子も可愛いね。恋人かな」
「…………いいんですか、噂されてますけど」
「全然いいよ。寧ろ今のうちに周知されといた方が後々楽だし」
『無常処理課』と聞こえた。それがファルの経営している処理課の名前なのだろうか。
無常。永遠不変なものはないということ。多分堕落のことだろうけど、それにしたって少々辛い名前ではないのか。ファルは一体どういう気持ちでそんな名前をつけたんだろう。
「ファルさん、処理課の名前……」
「次は服屋だな! お前のスーツを特注しないといけないし」
「普通のじゃ駄目なんですか?」
「血が目立たないのがいいだろ?」
それは確かに。でも、今の一言で浮き足立った気分から一気に現実へ引き戻された。
今しているのは、『人を殺すため』に生活する、その準備だ。そのことを忘れないで買い物を済まさなきゃ。
「いらっしゃいませ。ファルさんですね」
「前言ってた、こいつピッタリのスーツを頼む。俺のと同じ素材で、なるべく……。なぁ、可愛いのとカッコいいの、どっちがいい?」
「え?」
「仕事着なんだし、自分の好みに合った方がいいだろ」
「そうですね……」
昨日姿見で確認したとき、自分でスタイルがいいと思った。だからここはかっこいいスーツにしてもらおう。それに、そっちの方が彼の隣にいるときに合う気がする。
「かっこいいのがいいです」
「いいねぇ~! じゃカッコいいので。こいつのスタイルを活かせるパンツスーツで頼む」
「かしこまりました。本来なら二か月ほどかかりますが……」
「金なら払うから、最短で頼む」
「では五日程お時間頂きますがよろしいでしょうか」
「うん」
「では採寸しますね。どうぞ」
店員はテキパキと採寸を済ませ、ファルも慣れた手つきで注文を済ませた。
「では十日後に此方からスーツをお送り致します」
「おーよろしく。じゃ次!」
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