ファル

第9話

 『彼』と初めて手を繋いだ時は、正直とても動揺した。


 お互いに手汗を滲ませて。それが相手に伝わっているのだと思うと恥ずかしくて顔が真っ赤になったのを覚えている。でも、それは彼も一緒だった様で、彼も耳まで真っ赤にしていた。


 それから回数を重ねる度に恥ずかしさは無くなり、寧ろ愛おしさが湧いて出てきた。ただ握っていただけの手は、いつしか指を絡めるようになって。手を繋いで道を歩くと、それだけで世界が明るく見えた。


 ――――この感じを、『貴方』は覚えているはずだ。








「おはよう、よく眠れたか?」


「おはようございます。そこそこ眠れました」


 翌朝、私はファルと一緒に家で朝食を取っていた。目玉焼きトーストにミルクティー、ヨーグルトという、安定で美味しい組み合わせだった。


 正直、あまりよく眠れなかった。目が覚めるといきなり殺されかけて、全く記憶にない世界の説明をされて、拾ってくれた人は魔法が使えて……人殺しで。


 あの後もう一度殺しに来るんじゃないかとか、襲われるんじゃないかとかを考えると眠れるものも眠れなかった。


 それにもう一つ、最大の原因。それは自分が絡繰りであること。何故私は存在しているのか、親は誰なのか、私のこの『自我』は何なのか。


 そもそも絡繰りに睡眠って必要なのか? 眠ってしまったら、もう二度と目が覚めないんじゃないのか? なんて考え始めたら、眠ることに対して恐怖心を抱いてしまった。


「へぇ。じゃ今日から俺の部屋で寝るか」


「え!?」


 いきなりで予想外の発言に驚く。というか、心を読まれた?


「目を逸らしてぇ、そんな不安そうな顔してたらもうバレバレですよ」


「な、なるほど」


「なるほどじゃない。心を読まれるとか致命的だから気をつけろよ」


「そんなこと言われても……」


 彼は大きな口で、だけど上品にトーストを食べていく。育ちがいいのだろうか。それに加えて、彼はどこか人の心を読むことに長けている気がする。この人と過ごしていったら、読まれにくい心とかいうものを手に入れることが出来たり……。


「察してくれてる通り、俺は相手の心理を読むこととか結構得意だよ。だから俺で慣れていくといい」


「また読まれた!?」


 うん! とにっこり満面の笑みで返された。怖い。


「で、どうすんの今日から」


「……うぅ」


 寝るのが怖いのは確かだ。それに何か異常があったとき、彼と一緒に寝ていたら一番早く気づいてくれるだろう。だけど『男の人と一緒に寝る』という意味が分からない訳ではない。寝るならこの体を無防備なまま捧げるくらいの覚悟を持たないと。


 だけど、彼の目はとても優しそうだった。心を落ち着かせてくれるような、恐怖心や心配、不安を全く抱かせない。そんな目。


「ふ、ファルさんがなにもしないなら一緒に寝てもいいですか」


「いいよー。俺寝相いいし、ベッドも無駄にダブルだし」


 どうしてとは聞かなかった。きっと彼にもそういう事情があったりしたりするのだろう。


「ちなみに俺はお前のことを性的な目で見ていません。だから安心して」


「それはさっきの貴方の目を見れば伝わりました」


「そっかぁ……不安になるわ」


 ふむふむと、そして「お前、チョロくね?」と呟きながら、彼は頷きながミルクティーを飲む。クオンもトーストを食べきり、ヨーグルトに口をつけた。


「なら睡眠問題は多分解決だな。で、本日の予定は……」


 今日の予定は、外に出てまず髪を整えて、新しい服とか下着を買って、その他日用品等も買えるだけ買っておくというものらしい。


「今のうちに聞いとくけど希望の髪型とかある?」


「うーん。出来れば長いまま、結べるくらいの長さがいいです」


「了解。実際髪が伸びるかすら分かんないもんな」


 この体について分からないことが多すぎると、彼は悩んだ素振りを見せた。


「じゃ、食べ終わって支度したら出るか。服は申し訳ないけど街で買うまで俺のを着ててくれ。ブカブカだけど……」


「服をお借りできるだけでありがたいです」


「お、おう」


 流石に全裸で街を歩くわけには……何想像してるんだ。やめよう。


「それじゃ片づけるか。ごちそうさん」


「ごちそうさまでした」


 予定について話してたら、いつの間にか全部食べ切ってしまっていた。それくらい彼の料理が美味しかったのと、街に出ることが楽しみで知らない内にワクワクしていたらしい。


「ちなみにさっきお前が言った、俺の優しい眼のことだけど、あれ演技。お前俺の心象操作に引っかかりすぎ」


「えぇ……」


 ファルから黒い襟付きの半袖シャツと白い半ズボンを借してもらう。そこまで悪い見た目ではないし、違和感も無いと思う。


「うん、悪くないんじゃね? これで外出れるだろ」


「そうですね」


 彼は納得して着替えに自室に戻った。そして出てきた時にはいつもの黒いスーツを着ていた。


「今日もその服なんですか? 昨日も同じだったと思いますが」


「これがうち処理課の制服なんだよ」


「処理課?」


「うん。詳しい説明は後でするけど、俺個人経営で処理課を持ってるんだ」


「それはどこにあるんですか? 今日寄るんですか?」


「ここだけど」


「……えぇ?」


 ここと言われても、ファルと私の二人しかいないし、私が拾われる前ならファルのたった一人だけじゃないか。そんなので経営というか、生活していけるのか。


「敏腕な俺の手にかかれば、一人でも意外となんとかなるんです」


「そういうものなんですか」


「そういうものです」


 でも仕事をしに行く訳では――。


「――堕落退治」


「そういうこと。いつ仕事しなきゃいけないか分からないから」


 彼は財布と家の鍵をズボンのポケットに入れて、昨日私を壊すために使っていた剣を帯刀する。


「出発するか」

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