第5話
◇ ◇ ◇
「なぁ、クオンって食欲とかあんの?」
暖かい夕日が窓から差し込んで来る。夕飯の時間だからと、彼はキッチンで冷蔵庫の中を眺めていた。
「はい。お腹が空きました」
「そっか、じゃあ美味い飯作ってやらねーとな」
スーツを脱いで黒いエプロンをつけている彼は、冷蔵庫から食材を取り出した。
「俺が料理しているところ、側で見といてくれないか。せっかく二人でいるんだし。あ、何もしなくていいから。見とくだけでいい」
「分かりました。今まではずっと一人暮らしだったんですか?」
「んー」
彼が野菜を切っていくところを見る。スムーズにテンポよく食材を切っていく。
「六年くらい前は友達がいて、そいつらと一緒に飯を食ったりしてたけど、それ以降は基本一人だな」
少し意外に思う。話しやすいし、見た目もすらっとしていて素敵だし、性格は……まだ何とも言えないけど、それでも六年も一人暮らしをするような人には見えなかったからだ。何か事情があるのだろうか。
「クオンは絡繰りだからいいけどさ、俺、基本的に人を信じないし信じたくないって思ってる側の人間なんだよね」
肉を切って、油を引いたフライパンに乗せる。肉が焼ける音と油の跳ねる音とが混ざる。
「詳しいことはこの先一緒にいることが出来たら話すよ。今は俺が話したくないし、飯食べるときにつまんないこと言うのも嫌だし」
「それも、そうですね」
触れられたくないこと。それは誰にだってある。一応絡繰りである私でも、それくらいは察することが出来た。
「っていうか、飯食った後は俺から質問しまくるから。今のうちに覚悟しておけよー?」
「覚悟というか、質問してください。私もまだ自分のことを理解出来ていないので……」
何が理解出来ていて、何が理解出来ていないのかが分からなかった。断片的な知識と自分の抱えている心理、曖昧な記憶が頭の中でごちゃごちゃしている。だから、他人の力を借りて整理したかった。
「そっか。まぁ途中で分かんないことあったらこっちにも質問して。この世界のことなら大体知ってるから。あ、そこから二枚皿出して」
「これですか」
「そーそれ。サンキュ」
出来た料理を手際よく、美味しそうに皿に盛り付けていく。それを見ているとお腹が鳴った。
「あっはは! お前、絡繰りのくせにお腹も鳴るとか」
心底おかしそうに彼は笑う。何だか恥ずかしかった。鳴っちゃったものはしょうがないじゃないか。
「最後にハーブを添えて……ファル印、鶏肉と野菜のソテーの完成!」
「これ、美味しい!」
「だろー? 美味いだろー?」
テーブルで二人は楽しく食事する。
クオンは肉を噛んだ。噛みしめる度に口の中に肉汁や香りが広がり、生きていることを実感させてくれる。
「調理もスムーズでしたし、料理がお上手なんですね」
「うん。やっぱ飯くらい美味いの食べないとな。今後何か食べたいものあったらリクエスト受け付けるぜ」
何が食べたいかな、考えるだけで楽しくなってくる。
「あー、味が薄いのはパスな。俺、しっかり味の付いた料理の方が好きだから」
「塩分過多は体に良くないですよ」
「ドぎつい味が好きなわけではないから多分大丈夫だろ」
一通り食べ終えて、二人は満足して椅子に座って談笑する。
「お前が味覚あってよかったよ。俺パスタが好きだからさ、今度一緒に食べに行こうぜ。すげー美味いパスタ屋があってさぁ」
「料理のことになると本当に楽しそうに話すんですね」
「やっぱ人間何かを食わないと生きてけないから」
「ですね。でも、なんで私、食べ物を食べれて味覚もあるんだろう。絡繰りなのに」
「それは俺も聞きたいよ。ほんと凄い技術だよなぁ」
『食べ物を食べる』。それは人が生きていく上で必要不可欠な行為。それを出来てしまう私は何なのか。自我だってあるし、そういう意味では『生きてる』はずなんだけど。
「まぁ、生きてく上で楽しみはあった方がいいよな」
「生きていく上……」
「そう。悩み事は少ない方がいいし、とりあえずお前は『生きてる』ってことにしよう。そっちのが話もスムーズだし」
彼は咳払いをして椅子から立った。そして私の手を引きダイニングルームからリビングに移動した。そこにある茶色のソファに二人、隣同士で座る。手は繋いだままだ。
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