第4話

「もういいですって! この、変態!」


「はぁ!?!?」


 彼は驚き、心底心外だという風にずれた眼鏡を直した。一方私はとてつもなく赤面していた。だって、あんなとこやこんなとこって、つまり全裸で。胸とか、その下も――。


「せっかく拾ってやったのになんだよその態度!」


「その言い方自体セクハラです! しかも寝込みを襲うなんて!」


「襲ってませーん! ちょっと洗ったり触ったりしただけでーす!」


「もう変態です!」


「服だって着せてやったのになんなんだよ……」


 その言葉でハッとする。そういえば、私の見た目ってどんな感じなんだろう。急な展開が多すぎて忘れかけていた。


「すみません、鏡ってありますか?」


「急に落ち着いたな。なんだよ。あるけど」


 自分の見た目を確認したいと言うと、彼は姿見が置いてある廊下まで案内してくれた。


 鏡を見ると、そこにはボサボサの白髪を伸ばした、エメラルドのような綺麗な瞳をした少女が映っていた。体はすらっとしていて、自分で言うのもなんだがスタイルがいい。


「服は俺のだからちょっとぶかぶかだけど、明日辺りに買いに行くから。髪も一緒に美容師に整えてもらおう。きっと、もっと美人になるはずだ」


「……ありがとうございます」


「うん。あと見た目的にお前は十八くらいだし、それくらいの年齢の女として扱っていくけどいいか?」


 鏡に手を置く。これが『私』だと、少女は自覚する。綺麗な顔だなと、他人事の様に思いながら彼の言葉に頷く。


「よし、じゃあいい加減名前決めようぜ」


 彼に手を引かれながら、さっきの部屋に戻る。


「はいはい座って座って。いっぱい名前を考えたのはいいけどさ、なかなか決めらんなくて」


 再度テーブルに座らせられて、名前の書かれた紙を見せられる。


「サーシャ、エマ、マリー、アリーチェ……、これ、全部考えたんですか?」


「もちろん。……まあ、いろんな本を読んでそこから参考にしたのも多いけど」


 ざっと見て三十程の数がある。ここから選べというのか。だいぶ悩む。


「うーんと、どうしましょうか」


「ゆっくりでもいいけど、ここはもうお前がビビッ! ときたやつにしようぜ」


 そう言われて、もう一度じっくり紙を見つめる。ビビッときたやつ……きたやつ……。


「……クオン」


「え?」


「私、クオンがいいです」


 一番響きが綺麗だと思った。呼びやすそうだし、他の人とも被らなさそうだ。それにこの見た目とも合ってる、気がする。


 彼の方を見ると、動揺しつつもむずがゆそうに、そして何故かあたふたしていた。


「な、なんでそんな態度なんですか。駄目な名前でした?」


「いや! 全然駄目なんかじゃない! ただ俺もそれが一番気に入っていたから、なんだか嬉しくて」


 そうなんだ。どんな意味を込めてこの名前を考えたんだろう。


「あ、名前の意味とかは聞くなよ! 恥ずかしいから!」


「えぇ……教えてほしいです」


「だーめ! はずい! ……けど、真剣に考えたから」


 彼は目を逸らして眼鏡を正しながら、「これは本当」とだけ呟いた。顔が少し赤い。


「じゃあ、コ、コホン、……クオン。これからよろしくな」


「よろしくお願いします、ファルさん。……うん? あれ?」


 どうした? と首をかしげる彼に、違和感を覚える。これって……


「本当に誘拐じゃないんですよね?」


「だ・か・ら、違いますー。もう一度ゴミ山に捨ててやろうかコイツ」

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