第3話



 お前、捨てられたんだわ




 彼はそう言って、椅子にどかっと座った。


「――捨てられた?」


 意味が分からない。分かりたくない。それでも真剣に話を聞こうと、テーブルを挟んで向かいの椅子に座った。


「うん。非世界のゴミの山に放置されてた。だから拾った」


 非世界って何だ。ゴミの山? どうしてそんな目に遭っている?


「つまり、どういうことですか」


「そのままの意味だよ。……もしかして、非世界のこともご存じない?」


 頷く。何の話だかさっぱりだ。


「じゃあ幻想世界と非世界の説明から……いや、先に名前を決めておくべきか? でもなぁ」


「名前なんて、今はどうでもいいです!」


 いきなり大きな声を出したので、彼は驚き目を見開いた。


「……どうして、私は捨てられたのか知りたいんです。だって、人間をゴミに捨てるなんておかしいじゃないですか」


「ん?」


 彼は一瞬鋭い視線をこちらへ送った後、複雑そうな顔をした。


「お前、さ」


「はい」


「自分の事、人間だと思ってんの?」


 理解が出来なかった。『人間だと思っている』。そんなの当然だろう。だって、現に今、ファルと話しているし、姿形だって人間以外の何者でもないはずだし、自分で思考出来て――。


「俺はさっき、お前が『捨てられた』って言ったよな?」


 分かりたくない。聞きたくない。


「お前、人間じゃないよ。多分絡繰りか何か」


「――嘘、ですよね」


「本当。俺がお前を拾ってから一週間経ってるんだけど、その間お前は息もせず眠っていたし。人間なら飲まず食わずで一週間ずっと寝ているなんて出来ないだろ」


「で、でも、そんな証拠」


「あるね」


 一瞬の出来事だった。彼はテーブルに置いていた剣をサッと手に取り、切っ先を喉に突きつけてきた。皮膚に剣の先端が触れている感触がする。


「な、なに」


「こいつ、なかなかに切れ味いいんだぜ。それこそ触れただけで喉なんか一瞬だな」


 彼は更にぐっと剣を押しつける。だけど、それ以上動かない。


「な? 切れないんだ、お前の首。というか体全部。……そういや痛みとかはある?」


「ない、ないです。血も……」


 少し椅子を引いて、首に手を当てて確認してみる。確かに剣に触れた感覚はあったのに、血が流れていないどころか、傷一つ付いていない。


「なんかお前の皮膚、傷が付くくらいの一定の圧力がかかると硬化するみたいなんだよ。金属みたいに」


 思考が渋滞する。絡繰りってなんだ?


「ああ、絡繰りってのは……科学や魔法とかで自立して動く、人形みたいな『もの』だな。大体は非世界で作られた、醜い欲望から生まれた汚らしいものだ。しかも、そこに意思はない。少なくともお前と出会うまでに見てきたものは」


 彼の説明を聞いても、自分がそれだとは信じられなかった。だけどこれで捨てられたことに関しては合点がいく。だって私は人間じゃない『もの』なんだから 。


「正直、さっきも力尽くで壊そうとしたけど、多分無理だっただろうな」


「やっぱり攻撃しようとしてたんですね……え? なんでそう言えるんですか」


「えー? だってそりゃあさ」


 一週間もありましたし? と、彼は剣を置いて、髪を指でくるくるいじりながら目を逸らした。


「その、いろんなところを確認したわけですよ。あんなところとか、こんなところとか」


「…………」


「あ、あれだあれ。やっぱりゴミ山に捨てられていたから、そりゃ綺麗にするために服を脱がせてお風呂に入らせて――」


「もう言わなくていいです……」


「それに、どんな材質なのか確かめるために、触ったり叩いてみたり」


「もういいですって! この、変態!」

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