第4話 はじめてのおつかいを《鳥男子》でやってみるとこうなる。

 やってきたのは、高校の正門。

 正門から校舎まではグラウンドを挟んでいるから、ここに人気ひとけはない。

 隣に立つ、わたしの姿をしたトキが、緊張気味に校舎を見つめている。


「トキ、本当に大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だ」


 こちらを向いてうなずくけど、カバンの紐を握る手は震えて見える。


「ゼッテェ大丈夫じゃねぇだろ? 電車に乗っただけで、酔ってたじゃねぇか?」


 後ろから、カーくんも不安そうに眉をしかめて言う。抱っこされたカワセミくんも、無言でうんうんとうなずいていた。


 トキが「学校へ行く」と言い出して、心配だからみんなで電車に乗って、高校までやってきた。トキは電車に乗るのが初めてだったから、酔ったみたいで。駅のトイレに、しばらくこもっていたんだよね。


「もう気分は落ち着いているから問題ない」


 わたしの顔は、涼しげにそう言ってのける。

 校舎からチャイムの音が鳴った。もうお昼休みの時間になったみたい。


「トキ? ひらりちゃんにプレゼント渡したら、すぐに帰ってもいいですからね」

「それはそれでおかしいだろう。来たからには、終わるまでいるつもりだ」

「テメェ、今はななの身体なんだからな。変な真似すんじゃねぇぞ」

「わかっている。それじゃあ、行ってくる」

「トキー、気を付けてねー!」


 トキはスクールバッグを肩に掛け、校門をくぐって歩き出した。

 わたしたちは部外者だから、ここから先へは入られない。小さくなっていく自分の姿を見ながら、不安でため息が漏れてしまう。


「トキ、大丈夫かな? トキがどんな様子か、覗けたらいいのに……」


 本音を言うと、こっそりついていきたいけど。先生とかにバレたら大変なことになりそう。なにか良い方法はないのかな……。


「それなら、なな? はい、これ」


 カワセミくんが腕を伸ばしてきて、わたしの耳になにかを入れた。『ザッ、ザッ』と、だれかの歩く音が聞こえる。これは、イヤホン?


「せーふくに、とーちょーきを仕込んでおいたの。これで、トキの会話が聞こえるよ」


 カワセミくんは手のひらを見せて、もう片方のイヤホンを差し出してくれた。わたしはワイヤレスイヤホンを受け取り、反対側の耳にも入れる。だれかとすれ違ったのか、『お、おはよう』というわたしの声が聞こえた。


「カワセミくん、すごい! こんなもの準備してくれたんだ。ありがとう!」

「カワセミ……、盗聴器とか、いつから仕込んでたんだ?」


 きっと、入れ替わったトキが心配で、様子を探れるように準備してくれたんだよね。カワセミくんを撫でてあげると、嬉しそうに目を細める。だっこしているカーくんが、引き気味になにか呟いているけど、イヤホンをつけているからよく聞こえない。


「んじゃ、なな。あっちの林に行こうぜ!」

「えっ、林? なんで?」

「あっちの林にある木の上からなら、ななの教室とかがよく見えるんだ」

「そうなんだ! カーくんも調べてくれてたの? ありがとう!」


 学校の敷地から少し離れた場所に、神社の林がある。高い木がたくさんあるから、間にある住宅も邪魔にならずに校舎が見渡せそう。これで学校に入らなくても、トキの様子が見えるかも。


「カーくんも、似たようなこと、してるでしょ?」

「……う、うるせぇ」


 わたしは急いで、神社の林へと向かった。後ろからついてくるカーくんとカワセミくんが仲良さそうに話しているけど、やっぱりイヤホンがあるから聞き取れない。


 神社に到着したわたしたちは、学校が見える高い木に登った。その間に、イヤホンから声が聞こえていた。どうやらトキは、ゆうちゃんとひらりちゃんに出会ったみたい。天気の良いお昼は、いつも中庭のベンチでお弁当を食べているんだよね。


『あっ、ななちゃーん! 今来たの? どこか具合が悪かったの?』

『顔色悪いわよ? 大丈夫?』


 ゆうちゃんとひらりちゃんの声。二人とも、心配していたみたい。

 ここからだと中庭の様子は見えないけど、声で状況はなんとなくわかる。


『あ、あぁ。大丈夫だ。家でいろいろあってな。来るのが遅くなってしまった』


 ゆうちゃんとひらりちゃんのことは、トキにしっかり伝えておいた。わたしの友だちだと気づいて、ちゃんと受け答えしている。


『……ななちゃん? どうして突っ立ってるの? こっちに座ろう?』

『もうお昼食べたの?』

『い、いや。まだだ……。し、失礼します……』


 トキは、わたしといるのはもう慣れたみたいだけれども、やっぱり他の人といるのは緊張するのかな。上擦った声が聞こえて、ベンチに座る音が鳴る。

 それから、カバンを開けて、カサゴソとなにかを探る音が聞こえて。


『ひ、ひらりっ!』

『えっ? な、なによ、いきなり!?』

『こ、こここ、これを、受け取ってほしいっ!』

『ちょっ、近いわよっ!? それに、なんでそんなに赤くなってんのよ!?』


 き、緊張しているだけだよね? 荒い息遣いが聞こえてくるんだけれども。ひらりちゃん、ドン引きしてない?


『な、ななちゃん、もしかしてひらりちゃんのことが……!? 私じゃないなんて……っ!?』


 ゆうちゃんの泣きそうな声も聞こえてくるけど、いったいなにが起きているの!?


『受け取るから、離れなさいよ! なな、本当に大丈夫?』

『なんだか、いつものななちゃんじゃないみたい……。本当にななちゃんなの?』


 まずい……。ひらりちゃんもゆうちゃんも、疑い始めちゃった。


『しまった……。ななの振りをするんだったな……』


 独り言が聞こえる。トキには、わたしになりきってほしいってお願いしているから、上手くごまかしてほしいんだけど。『ふぅ……』と大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせたらしい。


『な、ななだ! 俺は、じゃなくて……ワタシはななよ! 鳥さん大好きななよ! 鳥! トリ! トリトリトリーーーっ!』


 わたしは目の前が真っ黒になり、木から落ちそうになった。


「なな、大丈夫か!」

「気を確かに! ななー?」


 カーくんが手を伸ばして支えてくれたから、落ちずに済んだ。カワセミくんの可愛い励ましに、なんとか気持ちを落ち着かせる。


『トリー! ワタシは鳥が見たいトリ! 鳥を見せなさいトリ! トリトリー!』

『ななちゃん、もういいから落ち着いて……』

『大丈夫じゃないかもだけど、ななであるのは確かね……』


 トキって、普段のわたしをこんなふうに見ていたのかな……?

 ゆうちゃんとひらりちゃんが納得してくれたのが、逆に不安になる。


『ななちゃん? 座り直して? もうこんな時間だよ?』

『昼休みが終わる前に、お弁当食べるわよ?』

『わかったトリ!』


 トキはベンチに座り直したらしい。またカバンをあさって、お弁当を取り出したのだろう。


「……弁当? あっ、しまった!?」


 隣でカーくんがなにか思い出したように声をあげた。ちなみに、カーくんとカワセミくんもイヤホンを装着している。

 すぐさまイヤホン越しに、声が聞こえた。


『こ、これは……!?』

『ななちゃんのお弁当って、いつも豪華だよね?』

『なんでオムライスの上にケチャップでハートマークなんか描いてるのよ?』


 カーくんがわたしのために作ってくれるお弁当。友だちには、自分で作ったって言っているけど、クオリティが高いから、ごまかすのに苦労するんだよね。


『玉子焼きに、唐揚げに、うずらの卵刺し……。もはやカラスのイジメだトリ……』


 トキの小さな呟きも、高性能のイヤホンは捉えてくれる。


「なんでアイツなんかに、オレの特製弁当を食わせなきゃなんねぇんだよーっ!」


 突然、カーくんが叫びだし、翼を広げて飛んでいこうとするのを、わたしとカワセミくんは押さえつける。


『ななちゃん? お弁当、美味しくないの?』

『なんで涙目になって食べてるのよ?』

『ドジョウ……。ドジョウが食べたいトリ……』


 あとトキ、さっきから思っていたけど、わたしの語尾は「トリ」じゃないです。





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