第3話 男女逆転の問題を《鳥男子》でやってみるとこうなる。

 状況を受け入れたわたしたちは、いったん落ち着くべく、家に入ってダイニングテーブルに座った。


「つーか、なんでこんなことになっちまったんだ?」


 わたしの向かい側にトキが座って、カーくんはわたしたちをはさむようにテーブルの横に立っている。わたしは膝の上にのったカワセミくんを撫でながら、さきほどの出来事を説明する。


「わたしが走ってたらトキとぶつかって、お互いのおでこをぶつけたみたいなの。それで、気づいたら入れ替わってて……」

「じゃあ、同じことをやれば、もとに戻るんじゃないのー?」


 膝の上からカワセミくんがこちらを見上げて、尋ねる。

 わたしはため息をこぼした。代わりに、向かいに座るトキが話し始める。


「それならさっき何度も試してみた。だが、ダメだったんだ」


 田んぼ道で何度も何度も、トキとひたいをぶつけあったんだから。しまいには、通りすがりのおまわりさんが、心配そうに声まで掛けていったんだからね。


「カーくん、本当にどうしよう!? どうしたらもとに戻るかな!?」


 わたし、このままずっとトキの姿なのかな。不安に駆られるまま、カーくんの腕を握ってしまう。

 カーくんは一瞬、ビクッと引き気味に顔を引きつらせた。


「だからテメェ気安く触るな……って、こっちはななだったか。なな、心配すんなよ! オレがゼッテェなんとかしてやるからな!」

「カラス。お前の群れに頼んで、もとに戻る方法を探すのはどうだ?」

「おっ、なな天才だな……って、こっちはトキだったか。なんでテメェの言うことなんか聞かなきゃなんねぇんだよ!」


 カーくんはこっちを向いてあっちを向いて、表情をコロコロと変える。しまいに、膝を床につけ、テーブルに突っ伏した。


「や、ややこしい……」


 わたしはもとに戻れるか真剣に悩んでいるのに、別のことを考えているみたい。

 これからわたしたち、どうなっちゃうんだろう。ため息を吐こうとしたら、不意に正面から、お腹のなる音が聞こえた。


「すまない、なな。腹が減ったみたいだ。食べ物を食べていいか?」

「はい、いいですよ。わたしも、お腹減っちゃいました」


 腹が減ってはなんとやら。なにはともあれ、まずは腹ごしらえしよう。

 わたしも、朝ご飯をまだほとんど食べていなかった。テーブルに置いていた、カーくんの作ってくれたパンを手に取る。

 トキも、テーブルに置いていた金魚鉢を取り、胸に抱える。片手を中に入れて、泳いでいるドジョウを器用に捕まえる。目の前にいるわたしが口を開き、ビッチビッチと跳ねる生きたドジョウを、そのまま……。


 ガシッ!!


 とっさに、わたしとカーくんとカワセミくんが、ドジョウを握る手をつかんだ。


「な、なんだ!? このドジョウは俺のものだ!」


 トキは自分の捕まえたドジョウがられるのかと警戒するけど、そうじゃなくて!


「トキって、今はわたしの身体でしょ!」

「ななの身体に、そんなもん入れるんじゃねぇ!」

「ななは鳥じゃないから、お腹壊しちゃうかもね?」


 わたしたちはトキからドジョウを金魚鉢ごと取り上げた。「俺のドジョウ……」とトキが切なそうにうなだれる。


「トキ? 入れ替わったのは、意識だけですから。わたしの身体は人なので、人の食べ物を食べてくださいね」


 落ち込むトキに説明して、自分の持っていたパンを渡す。トキはパンを受け取ると、初めて見る物を観察するように、しげしげと見つめた。

 好物のドジョウが食べられないのはかわいそうだけど、わたしの身体がトキなのだから仕方がない。トキの身体は今、わたしになっているんだから……。


「あっ」


 そこでようやく、わたしは自分の身に降りかかった事実に気づいた。


「どうした、なな?」


 そばにいるカーくんが、首を傾げて尋ねてくる。

 わたしの目の前に置いてある金魚鉢。ガラスの器に映っているのは、トキの顔。トキもまだ朝ご飯を食べていなかったのだろう。ぐぅ~っと鳴るお腹の音に、わたしは顔を引きつらせた。


「もしかして、わたしがコレを食べないといけないの?」


 指をさす金魚鉢の中には、ドジョウが五匹泳いでいる。

 そうだよね。人のわたしは人の食べ物を食べないといけないけど、トキは鳥だから、鳥の食べ物を食べないといけないよね。


 辺りがしんと静まり返る。泥の混じった水の中をクネクネと泳いでいるドジョウを見ていると、背筋に寒気が走る。器に映る瞳から涙が溢れそうになったところで、突然、金魚鉢がひったくられた。


「ちょっと待ってろ、ななっ!!」


 いつにも増して真剣な表情で、カーくんが台所に立つ。「うぉおおおおおーーーっ!!」と雄叫びをあげながら、流し台でドジョウを洗って、調味料に漬けて、焼いて、またなにかのタレをつけて……。


「できたぜ! ドジョウのかば焼きだ!」


 お皿にのって出されたのは、茶色いタレのかかった焼きドジョウ。ウナギみたいな香ばしい香りがする。


「ドジョウは、酒でつけて、塩もみして、湯引きもして臭みをできるだけ消したんだ。本当は、泥抜きする必要もあるんだけどな。濃いめに味付けしたタレを掛けたから、これならドジョウの味も気にならねぇだろ」


 人の濃い味付けを他の動物が食べると良くないって聞くけど、背に腹はかえられない。空腹もあって、わたしは意を決して、箸でドジョウのかば焼きをつまんで口に入れた。


「ん……。わ、悪くないかもっ!」


 身は少ないけど、食感はウナギに似ている。タレもウナギに掛けるものとほとんど同じだから、小さなウナギのかば焼きを食べているみたい。でも、カーくんの言うとおり、泥抜きをしていないからか、少し泥臭さはある。それを濃い味付けでカバーしている感じ。


「良かったぜ。ななを空腹で倒れさせるわけにはいかねぇからな」


 わたしは続けて、二匹目三匹目とドジョウのかば焼きを食べていく。

 カーくんがほっとしたように、ようやくわたしに向かって笑顔を見せた。


「カラス、俺のほうも食べやすいように作り直してくれないか?」

「はぁ!? テメェはななの食べ物ちゃんと食ってろ!」

「……パサパサするな。それに鳥の卵を食べるのはどうなんだ」


 トキのほうは、ちびちびと食パンをつまんでいた。やっぱり、人の食べ物は好きじゃないみたい。身体が入れ替わっても、味の好みは変わらないらしい。

 わたしたちはなんとか朝ご飯を終えた。時計を見ると、もう九時を回っている。


「なな? がっこー、お休みする?」


 隣の椅子に座って、食べ終わるのを見守っていたカワセミくんが、ふと声を掛けてきた。わたしは学校へ行く途中だったことを思い出す。


「そうだ! 学校に行かないと!」

「今から行くのか? 仮病で休めばいいじゃねぇか?」


 皿を洗っていたカーくんが、振り返って言う。

 授業だけだったら、休んでもいいんだけど……。わたしはテーブルに置いていたスクールバックを引き寄せた。中を確認して、ある物を取り出す。


「今日はね、ひらりちゃんの誕生日なの。それで、プレゼントを学校で渡すつもりだったの」


 トキとぶつかって転んだけど、幸い、プレゼントは無事みたい。ラッピングされた小箱を確認して、ほっとしつつ、顔をしかめる。


「でも、そんな姿で学校なんか行けねぇだろ?」

「そう……だけど……」

「またあとで、渡せばどう?」

「うーん……」


 カーくんとカワセミくんの言うとおりだ。トキの姿で学校になんて行けない。トキのことは友だちのゆうちゃんやひらりちゃんには言っていないから、入れ替わったなんて話せないよ。あとで渡すしかないのかな。


「せっかく準備したから、今日、渡したかったんだけどな……」


 ため息を吐くように呟いて、プレゼントをカバンの中にしまい直す。


「俺が行く」


 その時、目の前から伸びてきた手が、カバンをつかんだ。


「俺が、学校に行く」


 わたしの姿をしたトキが、カバンを肩にかけ、立ち上がった。





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