第5話 TSのドキドキを《鳥男子》でやってみるとこうなる。
午後のチャイムが鳴り、わたしの姿をしたトキは、ゆうちゃんたちといっしょに教室へ入った。やっぱり、授業を受ける気みたい。
校舎の三階にある教室は、わたしたちのいる木の上からよく見えた。わたしの席は窓側の一番後ろ。双眼鏡を使って、様子を観察する。
「本当は、双眼鏡を建物に向けて覗き見なんてしちゃいけないけど、今回は特別だからね?」
「なな? だれに言ってんだ?」
「じ、自分自身……」
午後からは二コマの授業がある。一コマ目は、英語だったかな。
教室に先生が入ってきた。イヤホン越しに声が聞こえる。
『今日から新しく、ALTの先生が来てくれました。先生の英語を聞いて、ネイティブな発音に慣れましょう』
英語の先生の紹介で、ALTとしてやってきた外国人の先生が、自己紹介をする。
『最初はみなさん緊張しているでしょうから、簡単な会話をしてみましょう。一人一人に質問をしますから、受け答えてみてください』
どうやら今日は、授業を進めるよりも、ALTの先生と交流するのが目的みたい。
外国人の先生は、窓側の列から一人一人に英語で話し掛けていく。
「なに言ってんのか、全然わかんねぇな」
「トキ、英語なんてしゃべられるのかなー?」
「まぁ、わたしも英語は苦手だから、答えられなくても怪しまれないよ」
話しているうちに、先生がトキのそばへ来た。
『Hi,Nana.What do you like?』
わたしの顔をしたトキは、教科書から顔をあげ、真面目な顔で言い放つ。
『My favorite is loach』
完璧な発音に、一瞬、教室内が静まり返った。
『Wow,Do you live with loaches?』
『No, I like to eat loaches』
『Oh...you're so crazy』
先生の引き気味なコメントが、空しく教室に響く。
「なに言ってんのかわかんねぇけど、意味はわかるな……」
木の上でうなだれるわたしを見て、カーくんが察してくれる。
なにも言わずに背中を撫でてくれるカワセミくんが、優しい。
その後は、トキが当たることなく――先生に避けられているようにも見えたけど――英語の授業は終わった。
「あと一コマ! お願い! もうトキに当たらないで! 座ってるだけで終わりますように!」
「なな、必死だな……」
双眼鏡でガン見しながら、トキに向かって念を送る。わたしの想いが伝わったのか、教科書を片付けていたトキが肩を震わせてキョロキョロと周囲を見回した。
「ななー、次の授業はなにー?」
「次は、えっと……。なんだったかな?」
時間割を持っていないから、忘れてしまった。
すると、わたしの姿をしたトキのもとへ、ゆうちゃんとひらりちゃんがやってくるのが見えた。
『ななちゃん、行こう?』
『なにボーッとしてるのよ。次は体育よ』
わたしは思わず双眼鏡を落としそうになってしまう。体育なんて、隅で座っていられない。わたしとトキの試練は、まだ終わらないみたい。
「みんな、体育館に行くみたいだねー?」
「オレたちも場所を移すか。あっちの木に行けば、体育館の女子更衣室の窓が覗けるぜ?」
「へぇーそうなんだ、カーくん調べてくれたんだね……って!? なんでそんなことまで知ってるの!? もしかして、前から覗いてたの!?」
「へっ!? オ、オレじゃねぇぜ!? 群れのカラスが言ってただけで……って、なな、落ち着け!? そんな揺らすと枝がっ!?」
カーくんにつかみかかって変態疑惑を問い詰めようとしたところで、バキッと嫌な音が聞こえた。乗っている枝が付け根から折れ、わたしとカーくんはそのまま地面へ。
「きゃぁっ!?」
「なな、危ねぇ!?」
幸い、それほど高くなかったから、怪我はしなくて済んだ。カーくんがとっさにわたしを引き寄せて、かばってくれたのもある。お尻の下にいるカーくんは、地面に突っ伏したまま震えている。
「ななってのはわかってるけど、アイツの尻に敷かれる屈辱……」
なにか呟いているみたいだけど、それよりもイヤホン越しに、またトキたちの会話が聞こえてくる。
『な、ななな……なにをやっているトリ、お前たち……!?』
『ななちゃん、なに言ってるの? 体操着に着替えないの?』
『またなに赤くなってんのよ。女子しかいないんだから、恥ずかしくないでしょ』
『そういう問題ではないトリ! こ、こんな狭い場所で大人数が一度に薄着になれば、天敵に襲われかねないトリ!?』
『ななちゃん、どうしちゃったんだろう?』
『面倒くさいわね。もう授業始まっちゃうから、無理やり脱がせるわよ』
『あぁ、やめてっ!? やめてトリぃぃいいいいーーーっ!?』
絶叫が鼓膜を揺らし、思わずイヤホンを外してしまった。もう耐えられない。現実から目をそらして、どこか別の世界に行きたいよ……。
「ななー? だいじょーぶ?」
「大丈夫じゃない……」
木から降りてきたカワセミくんが心配そうに尋ねてきて、わたしは首を横に振る。「オレの心配はしてくれねぇのか?」と呟くカーくんは、いまだにわたしのお尻の下。わたしは立ち上がることもできず、膝を抱えてうずくまった。
グァアー、グァアー。
その時、上空から絞り出すような濁った鳴き声が聞こえてきた。顔を上げると、黒い鳥が群れを作って飛んでいる。カラスではない。胴体が細くて、翼は長め。パタパタと規則的に翼を羽ばたかせている。あれは……。
「カワウだ!」
声に出すと同時に、わたしの背中からフワリと淡い朱色の翼が現れた。そっか。わたしは今、トキの身体なんだよね。翼があって、飛べるんだよね。
上空を横切るカワウは、十羽ほどが集まってV字の形に隊列を作っている。わたしも飛んでみたい。あの隊列に混ざってみたい。
そう思うと、自然と身体が動いた。翼を大きく羽ばたかせ、わたしは空に舞い上がる。
「お、おい、なな!? 待てよ!?」
「ななー、どこ行くのー?」
「カーくん、カワセミくん、あとは任せるね!」
現実から目をそらし、大空の世界へ。
トキのことは任せて、わたしはカワウの群れを追いかけていった。
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