第5話・介抱してみる。
「クコ……クコぉ〜ねぇ、こっち見て? なんで見てくれなぃの? なんで意地悪すゅの??」
「いやほら、見てるじゃん」
「見てなぃ〜全然見てなぃ〜。もっと見て。ずっと見てて」
「はいはい。ほら杏ちゃーん、見てますからね〜」
「んふふ……」
顔面を耳まで真っ赤に染め、クールな仮面は剥がれ落ちて延々とニヤけ面を浮かべ、私の首にぶら下がるように抱きしめ、だる絡み……じゃなくて猛烈に甘えてくる杏が爆誕したのは、およそ10分前に
×
12月28日。大晦日が迫り、今年の反省と来年への期待が綯い交ぜになっている最中、それでも私はコントローラーを握ってゲームに勤しんでいた。
(というか冬休み入ってからゲームしかしてない。これでいいのか女子高生という気持ちはもちろんある。)
そして夜八時半、年内最後の部活を終えたという杏が私の部屋にやってきて、なんだか豪奢な箱に包まれたものを差し出した。
「これ、たぶんチョコなんだけど」
「食べる食べる!」
海外出張中の杏の両親から手紙と共に送られてきたというソレは、『簡単な英語ならわかります』レベルの外国語力の私では解読不能な言語が(しかも筆記体っぽく)びっしりと敷き詰められていて、何かの遺物でも入っていそうな物々しさを醸し出している。
食べ物だと言われなければ絶対開けない。なんかの封印解き放っちゃいそう。
「おぉ〜!」
私の返答を受けて早速杏が包装を剥ぎ蓋を外すと、部屋中にムンッと濃くて甘ったるい香りが広がった。
さらに一粒一粒が大きくて、流石は海外のお菓子……! なんて妙なところで納得する。
「っ」
「いただきまーす」
毒味とでも言わんばかりにさっさと一つ目を頬張った杏は、しばらく口の中で転がしてから一瞬眉を
あんまり美味しくないから食べない方がいいよ、とか言われても嫌なので私も続いて一つ、口を開けて放り込む。
「……これは……!!」
飴のようにチョコを溶かしながらその芳醇な甘さを堪能していると、やがて、内側からドロっと果汁感のある液体が溢れ出した。
舌が痺れるような感覚とどこかで嗅いだような特有のアルコール臭……ウィスキーボンボン、かな。ウィスキーかはわかんないけど、たぶんお酒が入っている。
「美味しいね、杏」
味がどうというよりかは、普段は口にしない大人の食べ物に興奮してる感じだけど。
「杏……?」
パクパクと。杏は無言で二個も三個も食べ進め、進むたびにだんだん……目が据わっていってるような……。
「そ、そんなに一気に食べない方がいいんじゃない? ほら、もっと味わって「クコ」
「……はい?」
保険の授業で急性アルコール中毒について勉強したばかりだったこともあり、次々と手を伸ばす杏を制止しようとした私を……彼女はキッと睨んだ。
「な、なに?」
「ん」
「???」
「ん〜!!!」
ん〜ん〜言いながら両手をンバっと広げて何かを主張する杏。もしかしてと思い、小さい子にするみたいに軽くハグをしてみると——
「んふ。んふふふ……」
——正解だったらしい。え、なにこれ。
「クコ……」
「……」
耳元にある杏の唇から、いやに弱々しい声音が溢れる。
「次、ね、次はね、」
「はいはい」
回っていない呂律、ふにゃふにゃの体感、子供みたいな体温……杏は完全に酔っ払ってしまったらしい。
えぇ〜そんなことある……? たかだかお菓子で……こんな……?
「次はぁ〜……チュー」
「……はぃ?」
「チューしたぃからぁ……チューしよぅ……?」
「……しないけど」
「どぉして!?」
「いや……しないでしょ」
「意味わかんない! チューすゆの!」
「しないってば。杏さん酔ってますね〜お水持ってきますね〜」
「やだやだ! いかないでぇ!」
「…………」
…………………………………………。
イヤイヤ期の杏、ちょいと可愛い過ぎやしませんか……???
×
それからも私は鉄の意志で拒み続けた。
だって正気じゃない杏の要求を飲んで……例えばチューしたとして、正気に戻った彼女に幻滅されたら……一生立ち直れなくなりそうだし……!!
「クコ……クコぉ〜ねぇ、こっち見て? なんで見てくれなぃの? なんで意地悪すゅの??」
「いやほら、見てるじゃん」
「見てなぃ〜全然見てなぃ〜。もっと見て。ずっと見てて」
「はいはい。ほら杏ちゃーん、見てますからね〜」
「んふふ……」
運動部特有のパワーで抱きつかれたまま身動きを取ることもできず、チューへの
なに、見てって。見てるだけでいいの?
「クコぉ〜」
「はいはい」
「大好きだよぉ〜」
「はいはい……私も「大大大大大大だぁい好き! クコだけが好きなの。クコしか好きじゃないのね? だから、ね、チューしよ??」
またそっちにシフトしたかぁ〜! 見てるだけでいいんじゃないのか〜!
「しませんよ〜」
「なぁんでぇ!」
「友達同士はそういうことしません〜」
「友達じゃないもん! 親友だもん! 幼馴染だもん! だって……クコが……恋人に……なってくれなぃん……だ……もん……」
「杏……?」
突然吠えたと思ったら今度は徐々にムニャムニャと、勢いを無くしていく杏。
私の首にかけられた腕の力も失われていき、やがてスヤスヤと寝息を立て始めた。
きっと日頃の疲れもあって……その反動なんだろうな……。眠ってくれて良かった……。
「……」
人一人をベッドに持ち上げる腕力なんてあるはずがなく、カーペットで横たわって眠る杏の体に掛け布団をして一息つく。
「はぁ……」
まさか杏が酔ったらキス魔になるだなんて思いもしなかった。
なんかの封印を解き放っちゃいそう、という私の予感はあながち間違っていなかったわけだ。
私達が成人して彼女がお酒飲む時は……絶対同じ席にいよう。
杏が私以外の人に、こんな風にベタベタ甘える姿……考えただけでもゾッとする。
だけど……私の前でだけなら……正直、悪くはない、かな?
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