第4話・サプライズしてみる。

 きたる12月25日。学校にとっては終業式だけど、私達にとってはクリスマス。

 杏に元気を届けたい私にとっては格好のイベントだ。


 今までは毎年、お小遣いから捻出した額で買えるお菓子の交換会で終わっていたけれど、今年は初めて! 自分で稼いだお金で買ったプレゼントを渡せる! 流石の杏も驚くに違いない!


 そしてそんな驚きで、疲れや悩みを一瞬でも吹き飛ばすことができたら……いいんだけどなぁ……でもプレゼント喜んでくれるかな……センスないって思われたらやだなぁ……いやいやこんなところで日和ひよってどうする!?


 もう買っちゃったんだし、渡すだけ渡して気に入らなかったらフリマアプリで売ってもらおう……。


×


 人生で初めて挑戦したお仕事は、動画編集のアルバイトだ。

 よく顔を合わせるマンションの管理人さんと立ち話をしたとき、彼女が不動産関係の動画をSNSに投稿していることを聞かされて、自分も動画投稿(ゲーム実況だけど)興味あるんですよね〜なんて話しちゃって、そしたら『練習も兼ねてバイトしてみない?』なんてお誘いいただいちゃったりして。


 正直、動画編集についていろんなことを教わっているのにお給料もいただいて申し訳ない気持ちもあるけれど、『人に教えると自分も成長できるのよね〜』と笑って許されてしまうので、結局半年近く続いている。


 そうして稼いできたお賃金の殆どはゲームやPC機器に注ぎ込まれているものの……一応、月に決まった額は貯金できていた。


 ので、金銭面的な不安はない。ただ……不安なのは……自分のセンスだけ……。


×


 部活が終わってそろそろ、彼女が家に帰ってくる時間。部屋着の上からコートを羽織り、紙袋を持って外に出た。


「杏ー!」

「!!!?!?!?」


 マンションのエントランスでしばらく待っていると、学校の方面から歩いてくる杏の姿が見えたので、手を振って呼びかける。


「おかえり」

「クコっ、どうしたの?」


 私の姿を視認するや否やタタタッと軽快に杏は駆け寄ってきた。

 ゼロ距離になった瞬間、持っていた紙袋を杏の胸に押し付けるように手渡す。


「メリークリスマス!」

「!?!???!!???!?!?」

「それだけ! じゃあね!」


 慌てている杏を置いてオートロックを開錠し、マンションの敷地内へと向かう。

 こういうのはね、さっとやってさっと去るのが一番良いからね。

 別にあげたプレゼントの反応見るのが怖いわけじゃないからね!


「待って!」


 あっという間に追いつかれ、右手首を掴まれる。杏は息一つ乱していないのに、どこかたどたどしく言った。


「私も……私もプレゼント、ある。だから……ちゃんと交換したい」

「そ、そっか」


 あの忙しい杏が!? 私なんかに!? いつの間にプレゼントなんて用意してくれたの!?


 ……いやいや、私がこんな驚いてどうする……!


×


「……」


 妙に緊張しながら、自室で杏が来るのを待っていた。プレゼント……なんだろうな……全然思いつかない……私が杏だったら私に何をあげるだろう……たぶん私、杏から貰えたらなんだって嬉しいし……。


「お待たせ」

「でっっっっっっっっか!」


 にゅっと。杏が部屋に入ると同時に顔を覗かせたのは、大きな……大きな大きなクジラのぬいぐるみ、というか抱き枕!? 私の胸元くらいまであるビッグサイズ!!


「わぁ〜! なにこれ可愛い! 可愛すぎる!」

「どうぞ」

「ありがとう〜!!!」

「ラッピングできなくてごめんだけど」

「気にしないで! 微塵たりとも!」


 むしろこのふわふわでもこもこでやわっこい存在に最短時間で触れられたことに感謝しかないよ!?

 こういうのっていざ自分で買おうとすると尻込みしちゃうし……あぁ……最高……!!


「すごいよ杏……なんで私よりも私の欲しいものがわかるの……?」

「……なんでだろうね」


 杏はどこか誇らしげに微笑む。……もしかして無意識のうちに喋ったりしてた……?

 

「私は……これ、なんだけど……」


 ドンピシャで私が欲しいものを貰ってしまった手前、自分のセンスが恥ずかしくなる。けど、やはり今更渡さないという選択肢はない……!


 一度押し付けたものの、交換会をするために返却された紙袋から、大きめの袋を取り出した。


「……あけていい?」

「うん」


 その中には、上下セットのジャージが入っている。

 機能面はもちろん、すらっとした杏の神スタイルの良さを十全に引き出せるようなシンプルかつシックなデザインが、着ている彼女を想像させてくれた。


「素敵……! 可愛くて、肌触り良くて、見た目よりも軽いのに……生地がしっかりしてる。すごい……嬉しい……!」


 嬉しい感想をどんどん口に出してくれる杏のおかげで、不安が徐々に薄れていく。

 そしてその分、も溢れてきた。


「今着ていい?」

「今!? い、いいけど……」


 杏は颯爽と制服を脱ぎ、私がプレゼントしたジャージを纏う。


「どうかな……?」

「もんっっっのすごく似合ってるよ!」


 嘘じゃない。心の底から出た言葉。だってこんな……このままこのブランドのモデルできるよ! 杏の格好良さも際立ちが半端じゃない!


「私も、そう思う。……んふ。クコ、本当にありがとう。大事に着るね。ずっと、一生着られるくらい、大事に」


 ぎゅっと。自分ごとジャージを抱きしめて、冗談味を感じさせずに言う杏。

 さっきから滲み出ていたに、私は遂に耐えられなくなった。


「あとね…………その、もう一個、あるの」

「もう、一個?」

「私たちも高校生になったし……こういうものもいいんじゃないかなぁっと……思いまして……」


 紙袋の中から取り出したのは、小さな布袋。

 緊張が、一段と増した。


 ジャージの方は、杏なら喜んでくれるって確信に近いものがあったから。ブランドも信頼できるし、レビューだって高評価なものだったから。


 だけど、これは違う。私が、私自身が、私のセンスが、杏に似合うんじゃないかなって、フィーリングだけで選んだものだから。


「……」

 

 祈るような気持ちで手渡すと、杏は巾着を緩めた。

 彼女の細い指で取り出されたのは、雫の形をしたマリンブルーのイヤリング。

 たまたま通りがかったジュエリーショップの端に展示されていたそれは、落ち着いた彩りなのにちゃんと華やかで、控えめなサイズなのにちゃんと自己を主張していて、まさに一目惚れの勢いで買ってしまった。


 杏が付けてくれたら嬉しいなって思って、自分だけの意思で買ったプレゼントだから、これがもし拒絶されたら……。


「綺麗……」


 ぽつり。か細い声が零れると同時に、涙の雫が杏の頬をつたって煌めく。


「すごく綺麗だよ、クコ」


 その柔らかい笑みが、ようやく私に深い安心感をもたらしてくれた。それから沸々と湧き上がる暖かい喜び。


 こんなに悩んでこんなに緊張したクリスマスは初めてだけど……こんなに幸せな気持ちになれるのなら、来年のクリスマスはもっとたくさんの『初めて』を更新してもいい。変わらず隣に、杏がいてくれるなら。

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