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 嫌な予感がした。ウルルが『いいか』と呼びかけてくるときは、ほぼダメ出しをするときなのだ。


 アドバイスとは違う。にやっと口の端を上げてアドバイスしてくれるときは、現状にも一定の評価ができるが、さらなる改善が見込めるぞというスタンスだ。一方で、ダメ出しのときは、現状に対する非難が含まれている。その違いは、西島にとっては無視できないほど大きなものだった。


 案の定、ウルルは、射抜くような目をしている。

「さっきの姫だけど」

「はい」

 ミキちゃんのことだ。

「お前の接客をちょっと見てて、感じたことがあってな」

「えっと……なんですか」

 西島は相槌を打ちながらも、目の前の黄色い目にわずかな反発心を抱いていた。ウルルは経験が豊富で、ホストとしての実力もあるし、だからこそ若手の教育係になっている。ホストとして上を行っているウルルに認められたいという思いが強く、ウルルから受けるダメ出しは怖い。


 しかも、今日はいつもとは違う。


 西島としては本当は休みたいくらいだったが、怪しまれないためにも無理をして出勤してきたのだ。そんな状況であれだけミキちゃんを気持ちよくさせたのだから、褒められることはなくても、非難されるいわれもない。


 ウルルは、西島より背が高いため、目線を合わせるように前傾姿勢になりながら、容赦なく言った。

「まあ、そう見えちゃったっていうことなんだけど、はっきり言って、自分に酔ってただろ?」

「俺が、自分に?」

「そう、酔ってた」

 かすかな抵抗は瞬殺された。

「優しい言葉をかけてあげている自分はカッコいいな、とか、かわいそうな女の子を助けてあげている自分はすごいな、って。そういうの、女の子は気が付いちゃうから、ダメだよ。あの子は鈍かったからあれでいいんだけど、ふつう、あれじゃ通用しないよ。女の子はお前を満足させるためにここに来てんじゃなくて、自分が満足したいから来てんだろ? お前は、自分のためじゃなくて、満足したいってここにやってきた女の子のために接客しないとダメだろ」

「俺なりにやってたつもりですけど」

「でも、酔ってただろ」

「……そうかもしれないです」


 従順にうなずいたが、心の中は荒れていた。女の子は俺を満足させるために来ているんじゃない……だと? なんで、そこまで言われないといけないのか。いくらなんでも言い過ぎじゃないのか。


 こめかみでドクドクと血管が脈を打ち、ぐんぐん頭が熱くなっていく。もしも頭の中から理性を抜けば、殴りかかってしまうかもしれない。


 普段は息を潜めている人間不信も、活発に動き出した。立場を利用して、個人的な恨みを晴らそうとしているんじゃないのか。なんとなく気に入らないから、そうやって、わざと傷つくような言葉選びをしているんじゃないか。

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