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 ミキちゃんの話が嘘であるなら、ファッションセンスを責めてくるおじさんはモデルこそいたとしても架空の存在だ。架空のおじさんを攻撃したところで、ミキちゃんには大きな救いとならない。


 だとすると、やはり頭の中でシミュレーションしていたとおり、ミキちゃんをどんどん肯定していくことがここでの最善手であるように思えた。


 西島は以上のような思考を何度か、点検したのち、かすかな不安を引きずりつつも、ミキちゃんを積極的に肯定することに決めた。


「そんなひどいこと言われたら、俺だったら、すぐ辞めちまうな。それでミキちゃんが仕事を休むのは当然じゃん。ぜんぜん悪くないよ。自分を責めるほどじゃないよ。いくらなんでも客だからって、さすがに言い過ぎだから」

「そう……だよね?」

 期待が込められている。

「ホント、そう。ミキちゃんを元気づけるためだけに言ってるわけじゃなくてさ、そのおじさんマジでひどいから、そのおじさんの厳しすぎる基準を社会の基準だって思わなくていんだよ」

「でも、揺れちゃって。やっぱり、自分のこと好きじゃないから」


 ミキちゃんの身体がちょっとだけ、こっちに倒れてきた。わかりすい。求めていることをすぐに態度に出してくれると、まだ女の子の扱いに慣れてない西島でも適切に対応することができる。


 お望み通りに、ミキちゃんの肩に手を回し、抱き寄せた。

「こんなに可愛くて、素直で、優しくて、一生懸命に、真面目に生きてるミキちゃんが自分のこと好きになれないって、どういうこと? 終わってるよね、そんな社会。俺なんか、もう、ミキちゃんのために社会に復讐したくなってきたわ。どかんと一発、やってみてもいいかもね」

「言いすぎじゃないかな。サトシって、やっぱ、優しい」

 ミキちゃんが赤らめた顔を上げ、さっきより輝いている目を向けてきた。上目遣いで甘えてきている。


 ミキちゃんは、自分を殺しながら生きているタイプだ。どこかに自分を出せるところがあればもっと幸せだったかもしれないが、不幸にも……本当に不幸なことに、ミキちゃんの人生にはホストクラブに辿りついてしまうまでにセーフティーネットになるものが存在しなかった。


 西島は、マニュアルのとおりにチューハイより高額の酒を注文するように促した。ミキちゃんの承認欲求を一時的に満たすというサービスと、そんな贅沢なサービスを提供するためのコストを、しっかりと交換した。


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