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ミキちゃんはチューハイを一口飲んでから語りだした。
「最近の言葉で言ったら、カスハラっていうのかな? 仕事のお客さんにがんがん言われて、それでちょっと病んでて」
「接客業だもんね。アパレルで働いてるんだよね。まだ同じとこで、働いてんの?」
「うん。同じとこ」
「でも、ずっと辞めないで、頑張ってるね」
褒めると、ミキちゃんは顔を赤くした。
「頑張ってるのかな……。先輩にも、よく怒られちゃうけど」
「怒られても辞めてないんだから、頑張ってるよ。だって、ほら、いまの時代、すぐ辞めちゃう人ばっかじゃん。俺はミキちゃんが頑張ってんの、わかってるし、それを否定するやついたら、マジでかかってこい、だからね?」
ミキちゃんは、ぎゅっと唇を噛んで、恥ずかしそうな顔をした。照れ隠しのようにチューハイを口に持っていく。唇をつけたが、結局、飲まなかった。
「最近、ちょっと立て続けにカスハラに遭っちゃってさ……」
「うんうん。話して、話して」
ちょっと間が空いたら、即座に促すように、とウルルから教えてもらっている。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。そういう仕事だ。
ミキちゃんは、西島の配慮に身を委ねるようにして、手にしていたチューハイの缶をテーブルに置いて、ゆっくりと目を上げる。
「とくに昨日。すんごく嫌なお客さんが来て、今日は仕事、休んじゃった」
そこまで言って、また目を落とす。さっきよりも目を離すまでの時間が長くなっていることに、西島は気が付いていた。
「どんなことがあった? 場合によっては、俺が乗り出す可能性もあるぞ」
「それはやめて」
笑みを零す。ちゃんと聞いてくれるという安心感が増してきている。
「なんていうか、うまく説明するのは難しいんだけど。昨日ね。だから、その、わたしなりに、この服はどうかな、この服はどうかな、ってお客さんに寄り添ってて」
「どんなお客だ?」
怒りが籠ったような声を出すと、ミキちゃんはまた笑った。
「おじさんだよ。ふつうの、おじさん」
「ふつうのおじさんが、ホントはふつうじゃなかった?」
「無茶なことを言い出してさ」
「どんな?」
「うーん」
考えている。
「なんていうか、すごいことを言い出して。お前呼ばわりしてきてさ、『お前のセンス、死んでるな』とか」
「それはひどい」
「それくらいはまだいいの。わたしだって、そんなセンスがないことわかってるから。ちゃんとファッションの勉強はしてるけど、やっぱり、センスがないだけに限界があるのもわかってるから」
ミキちゃんは、すっと左手を伸ばし、チューハイの缶をつかんだ。口まで持っていって、飲んで、ゲップを堪えた。音が出ないように、小さく開いた口から、ぷすっと空気の塊を吐き出し、またガラステーブルに缶を置く。
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