6

 ミキちゃんはチューハイを一口飲んでから語りだした。


「最近の言葉で言ったら、カスハラっていうのかな? 仕事のお客さんにがんがん言われて、それでちょっと病んでて」

「接客業だもんね。アパレルで働いてるんだよね。まだ同じとこで、働いてんの?」

「うん。同じとこ」

「でも、ずっと辞めないで、頑張ってるね」

 褒めると、ミキちゃんは顔を赤くした。

「頑張ってるのかな……。先輩にも、よく怒られちゃうけど」

「怒られても辞めてないんだから、頑張ってるよ。だって、ほら、いまの時代、すぐ辞めちゃう人ばっかじゃん。俺はミキちゃんが頑張ってんの、わかってるし、それを否定するやついたら、マジでかかってこい、だからね?」


 ミキちゃんは、ぎゅっと唇を噛んで、恥ずかしそうな顔をした。照れ隠しのようにチューハイを口に持っていく。唇をつけたが、結局、飲まなかった。


「最近、ちょっと立て続けにカスハラに遭っちゃってさ……」


「うんうん。話して、話して」

 ちょっと間が空いたら、即座に促すように、とウルルから教えてもらっている。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。そういう仕事だ。


 ミキちゃんは、西島の配慮に身を委ねるようにして、手にしていたチューハイの缶をテーブルに置いて、ゆっくりと目を上げる。


「とくに昨日。すんごく嫌なお客さんが来て、今日は仕事、休んじゃった」

 そこまで言って、また目を落とす。さっきよりも目を離すまでの時間が長くなっていることに、西島は気が付いていた。

「どんなことがあった? 場合によっては、俺が乗り出す可能性もあるぞ」

「それはやめて」

 笑みを零す。ちゃんと聞いてくれるという安心感が増してきている。

「なんていうか、うまく説明するのは難しいんだけど。昨日ね。だから、その、わたしなりに、この服はどうかな、この服はどうかな、ってお客さんに寄り添ってて」

「どんなお客だ?」

 怒りが籠ったような声を出すと、ミキちゃんはまた笑った。

「おじさんだよ。ふつうの、おじさん」

「ふつうのおじさんが、ホントはふつうじゃなかった?」

「無茶なことを言い出してさ」

「どんな?」

「うーん」


 考えている。


「なんていうか、すごいことを言い出して。お前呼ばわりしてきてさ、『お前のセンス、死んでるな』とか」

「それはひどい」

「それくらいはまだいいの。わたしだって、そんなセンスがないことわかってるから。ちゃんとファッションの勉強はしてるけど、やっぱり、センスがないだけに限界があるのもわかってるから」


 ミキちゃんは、すっと左手を伸ばし、チューハイの缶をつかんだ。口まで持っていって、飲んで、ゲップを堪えた。音が出ないように、小さく開いた口から、ぷすっと空気の塊を吐き出し、またガラステーブルに缶を置く。

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