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「とはいえ、どっちがイケメンか、ってのは勘弁してくれ」

 タイチは、腹を抱えて笑い出した。

「お前の顔に勝てるわけないだろ。姫様も、困ってたように見えたよ。うちの姫様を困らせんなよ」


「そりゅあ、ごめんなさい」

 髪が乱れていないことに安心して、西島は、スマホから目を離した。電源を切ると、そのままポッケへ滑り込ませる。


「イケメン度合いの確認は済んだか?」

「問題なかったです」

「クールなやつだな」

 笑われながらも、西島は、控室を出た。


 ホスト内での立ち位置としては、アイドルで言うところの、いわゆるビジュアル担当だった。ホストクラブである以上、キャストたちの顔面レベルは高いが、その中でも西島の顔は紛れてしまわない。顔のレベルが高いと、タイチのように飛びぬけて関わりやすい性格ではなくても、姫様――女の子と言ったほうがしっくり来る――たちは満足してくれる。


 店内へ戻ると、ちょうどミキちゃんが来店したところだった。永久指名制なので、『ビバリー』の中では西島を指名することしかできない。


 ヘルプはなしにして、ひとつのテーブルにミキちゃんとふたりきりになった。チューハイを注文してもらい、さっそく乾杯をする。


 様子を見る限り、ミキちゃんに、これといって変わったところはない。あまり目を合わしてくれない代わりに、口元に小さく笑みを用意している。いつもと同じ、内気な印象だ。西島より若く、まだ二十代半ば。学生のような初々しさがある。


「今日は来てくれて、ありがとう」

 いちばんの商売道具である顔を近づけ、ミキちゃんの顔を覗き込んだ。目が合った。チャットしたときのような過度な暗さは感じられない。

「なにか話したいことがあるなら、ちゃんと聞くし、そうじゃなくて、ばっと遊びたいなら、俺も準備は万端だから。どうするよ」


「わたし」

 声がちょっと小さい。目を伏せてから、言葉を続ける。

「もう大人なのに、ちょっとした悩み事なんか話したりしたら、カッコ悪いかなって思っちゃって」


 もともとネガティブなタイプだが、たしかに、今日はいちだんとネガティブになっているようだ。十分に注意して観察しないと気が付かないだろう。


 西島は、なにげなくミキちゃんの右手を優しくつかんでから、ぐっと、さらに顔を近づけた。恥ずかしそうに肩を縮めたが、喜んでいるのはわかる。


 西島は、数秒、考えた。ミキちゃんが選んだ言葉からして、悩み事を打ち明けるのは恥ずかしいという意識があるのは間違いない。


 恥ずかしいけど話したい、という葛藤の中で、ミキちゃんはもちろん、話すという方向に傾きたいと思っている。


「言っとくけど、俺さ、もう大人なのに、とか、もう大人なんだから、とかいう言葉、めっちゃ嫌いなんだよね。うざくない? 大人だって、泣いていいじゃん。大人だって、悲しんでいいじゃん。大人だって、感情的になっていいじゃん。大人だからって、子供と線を引いてさ、そんなことして首絞めてさ、そういうのってさ、もうホント陰湿な気がしてさ。だから、大嫌いなわけよ、そういう類いの言葉。俺はそういう人間だから、なにも気にせず話してよ。ね?」


 ミキちゃんの右手をぎゅっと握る。

 また目が合った。ちょっとだけ潤んでいる。

「ありがとう」

 さっきより緊張が抜けた声だった。うまくフォローできたみたいだ。よかった、と心の中でつぶやいてから、西島は、「それで?」と促した。

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