家を出る前にする23のこと
つばきとよたろう
第1話
家を出る前、私には三分以内にやらなければならないことがあった。それは忘れないように紙に書き留めてある。ベッドから出ると、欠伸を一つする間に、昨日は悪い夢だったから、いつもよりよれよれの寝巻から仕事着に着替える。闇雲に袖を通すと、三度失敗して何とか腕が収まった。ボタンを掛け違えてはいけない。まだ頭が半分眠っているからよくあることだ。片足で部屋中をケンケンしながら抽斗の中を掻き回し、神経衰弱の要領で靴下の片方を急いで探す。それでも黒と紺のコーディネートで済ませるしかなかった。トイレに立つ、座る時間も惜しまれる。顔を息継ぎのように洗い、手櫛で髪を一通り梳かす。梳かした側からぴょんと跳ねる。歯磨きをし靴磨きもする。昆虫採集もしなければならない。朝食は摂らず、昨日の夜に食い溜めしていた。コーヒーの代わりに、蛇口を捻ってコップ一杯の水を飲む。コーヒーは元々嫌いだった。砂糖入れの蟻の数を数えなければいけない。昨日より四匹か五匹多い。隣人に挨拶もしないといけない。隣人はおしゃべり好きで話し出すと止まらない質だ。ミンミンと蝉は鳴く、籠を使った簡単な鳥の罠を仕掛ける必要がある。もう家を出る時間が迫っていた。時計の針を三分遅らせた。昨日の夜更かしがいけなかった。猫の餌を忘れずにやる。水も取り換える。優しく背中を擦り寄せてきた。今日の帰りは遅くなると幼子に言い聞かせるように告げる。これ以上構ってやることはできない。天気予報を見るのを忘れた。玄関の扉に向かって、靴の片方を蹴り飛ばす。その弾みで片方の靴は廊下へ跳ね飛んだ。今日は雨ではないことを確認する。扉を開ける前に腕時計を確認する。腕時計を着けるのを忘れていた。どこだか探しているうちに時間を浪費してしまった。時計の針はもう家を出る時間を過ぎていた。時計を三分遅らせていたことに気づく。会社に電話を掛ける。
「もしもし、今電車の事故があって少し遅れます」
家を出る前にする23のこと つばきとよたろう @tubaki10
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