第1話:終わりの始まり

あたりが騒がしくなってきた。

そういえば俺が今乗っている護送船がワープ状態を抜けてからだいぶたったな。

しかしいくら宇宙が久しぶりだからと言って何時間も窓から外を見るのはさすがに飽きる。かといって今の俺にできることはこのベッドとむき出しのトイレしかないクソ狭くて無機質な独房で寝転がるかトイレで膀胱にあるなけなしの小便を出すくらいだ。そんなことを言っているとこの護送船全体が影に入った。多分プリズニア 6 の監視ステーションのドックに着いたんだろう。独房についている窓が小さすぎるせいで今まで気づかなかった。するとすぐにステーションの本体が見えてきた。

どうせならステーションの全体を拝みたかったんだが…こうも近づいてしまえばそれも叶うまい。それにしても監視ステーションだからと言って侮っていたが中々なものだな。ドックも中々な大きさだし設備も旧式の船だと思えないほど整っている。

「こりゃ…ハッキングも一筋縄ではいかなそうだな…」

俺は弱冠13歳で星流しを言い果たされた。世間がどう思っているかは知らないが俺はこの判決はおかしいと思っている。なんだよ、星流しって?死刑より聞こえはいいかもと思うしれないが要はその惑星の過酷な環境で受刑者を肉体的、精神的にも追い詰めるっていうことだろ?銀河共栄連盟時代の頃にはびこっていた拷問とやってることは変わらないじゃないか。人権侵害にもほどがある。俺はただでさえ引きこもりの不登校というレッテルを貼られているのに…。だがもう今更判決を覆すことはできない。でもだからって俺は生きることを諦めていない。俺は長い引きこもり生活の中で薄暗くて汚い自室で一日中パソコンを触っていた。そんな日々を過ごしていると、きっかけはいつだったかは忘れたがハッキングにどハマりしまった。しかも雇われで仕事としてやっていたとかではなく趣味で行政が管理するデータベースに侵入し情報を抜き取ったりなど、それはまあ害悪なことをしていた。でもここで俺が唯一持っている能力を生かさない手はない!ステーションは密室な上、迷路のような複雑な構造をしている。あの手この手を使いステーション内に設置されているであろう脱出ポッドまで到着できれば晴れて自由の身だ。そんなうまくいくかって?大丈夫だ。ハッキングの技術には自信があるしな。ただ一つ問題があるとすれば俺は絶望的な運動音痴であることだ。なんてったってついこの前まで腹が減ったと言えばごはんを作ってくれる場所で引きこもっていたからな。うん、少し不安になってきたな…まあうまくいくと願うしかないな…。

ドックにある4本のロボットアームによって護送船はがっしりとドックに固定された。しばらくした後、上が白で下が青の刑務官の制服を着た人が2,3人俺の独房の前まで来た。俺が独房の扉の前まで行くと刑務官は扉を開け、俺にずっしりと重たい手錠をはめた。この手錠はネットワークにつながっていて管理者が持っている端末から解錠などの指示、手錠の現在地や手錠が損傷を受けている場合はそれを知らせてくれたりするなど、いろいろな機能が詰まっている。にしても重すぎるのがネックだな。重力がないところでも腕を少し動かせばその重さがひしひしと伝わってくる。

そう思っていると今度手錠から青色の紐のようなものが出てきた。そしてその出てきた紐はやがてリング状になり俺の腰の当たりに巻き付いた。そういわゆる腰縄だ。

俺は基本手錠と腰縄を常につけさせられた状態で護送されることがほとんどだった。

見た目は首輪をつけられて散歩をさせられている犬そのものだから初めてつけられた時はあまりにも恥ずかしくて赤面してしまったことを覚えている。ちなみにこの腰縄は手錠と連動していて手錠と同様の機能が備わっている。

こうして遂に監視ステーションに到着してしまったわけだが…

ここからが正念場といった感じか…さあどうやって脱出ポットまで行こうかな…

監視ステーションに着いたからと言ってすぐにプリズニア6に降ろされるわけではない。身体検査や最後の晩餐、その他の事務手続きなどやらなければいけないことがたくさんあるらしい。だいたい刑が執行されるのは監視ステーションについてから2、3日後らしい。で、今俺は身体検査を受けている。と言っても中世の頃のように服を脱ぎ、全裸になる必要はない。まずまるで服屋にある試着室のようなボックスに入らされた。でも本当の試着室よりかは少し小さくまあだいたい人ひとりが入るのがやっとと言った感じだろう。そう命令されて気だるそうに入ると

「背筋を伸ばせ!テキパキと動くんだ。」

とそばにいる刑務官がお叱りになる。俺は心の中で「めんどくさ」と言いながら黙って背筋を伸ばす。撃たれ弱いからあまり大きな声で怒鳴りつけないでほしいんだけどな…。そうすると

「名前、性別、年齢、生年月日を」

とロボットのような無機質な声がボックスから聞こえてきた。ボックスを動かしている AI の声か何かだろう。

「ユーギリ・カルダシェフ、男、13 歳、20XX年 3 月 12 日」

もうこのボックスに入って身体検査を受けるのも何回目だろうか。さすがに慣れた。

そう低く突き放すような声で言うと周りにいた何人かの刑務官の顔が引きつった。

なんで今更あんな顔をするんだよ…俺の個人情報なんかさんざん目を通してきたはずなのに。そう思っているとボックスの壁が突然発光し始めた。騒がしく電子音も鳴る。そうしてボックスは俺の体をスキャンし始めた。ボックスは外傷や健康状態、俺が何か危険物や持ち込み禁止のものを持っていないかを調べ始めた。しかし機械相手だとは言え体の隅々まで調べられるのは恥ずかしいな。まあスキャンされるだけで服も着たままでいいし、そこら辺のプライバシーは守られているだけマシだと思おう。

しかし最後に風呂に入ってからどれだけたっただろうか?せめてシャワーくらいはさせてほしい。体中が不快だ。においもやばいだろうし、髪もガサガサで寝ぐせで頭が

盛り上がってしまっている。しかしこんな呑気に他愛のないことを考えている暇はない。逃亡の一番の障害になるのはやはり手錠だ。この手錠に GPS や破壊しようとした時には通知が管理者の端末に届くといった機能が備わっているが故に一人になれたとしてもむやみに逃走したり破壊したりすることはできない。せめて片手だけでも拘束から解放されれば手錠のシステムに侵入して手錠のシステムをダウンさせることが出来るんだけどな…片手だけでも自由に動かせ、一人になれて、なおかつ刑務官の目を巻けるような逃走経路がある場所にいるという状況…。

思いつくシチュエーションは一つしかない…一か八か、挑んでみるか…!


刑務官視点:


今日も刑務官としての一日が始まった。いつも通りの一日。だが今日は少しいつもとは違う日だ。今日は世間でも話題になっているあの少年が監視ステーションに護送されてくる日だ。この銀河に何百兆という人間が過ごしているとはいえ星流しを言い渡される事例は極めて稀だ。未成年だったらなおさらだ。だからここのステーションに受刑者が護送されるのは1か月に一回くらいの一大イベントともいえる。しかもその少年はなんと所長のご子息だという話だ。職員の間ではこの話で持ち切りだ。しかし所長さん…人殺しまでした息子を完全に見捨てたのだろうが息子さんが逮捕されてからは全く息子さんの話をしなくなった。おかげで所長の前で息子さんの話をするのは職員の間では完全にタブーになっている。

それで今は身体検査が終わり独房に護送している最中なんだが…

何度見てもこんな華奢な男の子があんなことをしたとは思えない。確かに目つきは少し悪いかもしれないが思春期の男の子ってそういうものじゃないのか?見た感じ筋肉も大してついていなさそうだし、背も年相応に低いと思う。やはりこんな子が人を殺すようには見えない。同僚から聞いた話だと彼は事件の数年前から不登校になり、自室に引きこもっていたらしい。その長期にわたる引きこもりの心労が今回の事件につながったとみるのが普通だろう。腰縄を引いているのすら少し申し訳なく感じてしまう……もちろん彼がやったことは到底許せることではないが…

「腹…痛い……」

そんなことを考えているとその少年が下腹部を抑えながらボソッとつぶやいた。

ストレスによるものなのだろうか?割とガチで痛そうだ。

「独房まで持ちそうか……?」

となるべく冷めた声で少年に聞いた。少年は黙ったまま首を左右に振る。まずいな…これは困ったな……。この近くにあるトイレといえば一つ下のフロアの職員用トイレしかない。トイレに行かせず無理やり独房に連れていくこともできるが…そういうわけにもいかないだろう。そう思った俺は同僚の了承を得て、急遽職員用トイレに向かうことにした。トイレに行かせたのはいいものの全然出てこない。確かにめちゃめちゃ痛そうにしていたが10分経っても全く音沙汰がないのはさすがに不自然に感じる。

「おい!大丈夫か?大丈夫だったら返事をしてくれ!」

と言葉を投げかけるが返事はない。もしや中で気を失っているのではないか……?という予感が脳裏によぎる。心配になった俺は近くにいた同僚と一瞬目を合わした後、意を決してトイレのドアを開けた。そこに広がっていた光景は俺が予想していた光景とも違うかった。そう、いなかったのである…このトイレの中にいるはずの少年が…手錠だけを残して忽然と姿を消してしまっていたのである。まるで神隠しのように……。俺は情報の処理が追い付かなくてしばらく呆然としていた。しかし少し経った後、上を向いて換気ダクトのふたがとれているのを見た瞬間、俺はすべてを理解した。

「逃げられたのか……?」


元に戻る:


全てがうまくいった。そういってもいいだろう。腹が痛いと言って言葉巧みにトイレまで誘導し、両手がふさがっていてはトイレが出来ないと言って片手を手錠から外すことを要求する。奴らは俺を平凡な13歳として扱っていた。こんな俺にハッキングの才能があるとは思いもしなかっただろう。かといってシステムに侵入するコンソールがなければなんもなしにシステムをハックすることはできない。普通だったらこう思うだろう。しかし俺は違う。俺は引きこもりだったころ左手の人差し指に自作ナノチップを入れていた。身体検査では発見できないほどの小さなものだ。当時は面白半分でやってみたとはいえ、まさかこんな所で役に立つなんて…。

こうして自由になった左手のコンソールを使って俺は手錠の機能を無効化した。

ここまで来ればあとは簡単だ。奴らはまさか俺が逃げ出すとは思っていないから換気ダクトのふたには二重のロックしていなかった。こんなセキュリティ、10秒もあれば解除することが出来る。こうしてものの3分ほどでトイレから脱出した俺は自由の身(仮)になった。そして今俺は換気ダクトの中を鼠のように動き回っていた。換気ダクトだから仕方ない部分もあるがやはり狭い。とにかく狭い。腰がおかしくなってしまいそうだ。こうやっても四つん這いでダクトの中を進んでいると俺はやっとお目当てのものを見つけることが出来た。脱出ポットまでに行くと簡単に言ったが監視ステーションというだけあってセキュリティは厳重だ。刑務官を1、2人巻けたところですぐに見つかって捕まってしまうだろう。しかしこのステーションのメインシステムをハックできれば話は別だ。セキュリティシステムや防護隔壁などを自由に操ることが出来れば、脱出ポットにたどり着くのは余裕だろう。

そしてステーションのメインシステムにつながっているであろうコンピューターをダクト内で発見した俺は寝ころんで楽な体勢になった上で早速、システムをハックをし始めた。多分点検用のコンピューターなんだろうな。にしてもこんなわかりやすく設置されているなんて…俺もなめられたものだ。第1セキュリティロック…第2セキュリティロック…第3セキュリティロック…と次々と解除していく。流石は行政の施設だからかセキュリティがこれまでのとは段違いで固い。だが俺にとっては朝飯前だ。

とセキュリティロックをすべて解除したタイミングでステーション中に警報が鳴り響き始めた。無駄にバカでかい音だ。鼓膜が破れてしまいそうだ。多分俺を護送していた刑務官たちが俺の失踪に気付いたんだろう。だがもう遅い。俺はもうすでにメインシステムに侵入したのだから。侵入した俺はプログラムの乗っ取りを始めた。このステーションを統括するシステムなだけあってすべてを俺の管轄下に置くのは難儀するだろうがまあ何とかなるだろ。

そしてそろそろ気づき始めたのだろうがステーション側が大急ぎでプログラムの書き換えを始めた。しかし気づくのが遅かったな。俺はメインシステムを制圧しながら、まずは電力を落とすために俺が支配している電子機器へ大量の電力を送電し始めた。理由は簡単だ。ブレーカーを落とし、その混乱に乗じて完全にメインシステムを制圧しようという魂胆だ。電気系統の制圧が着々と進み、あたりには排熱フィンが回る音がどんどん大きくなっていく。そして次の瞬間、「テューン……」という音と共にあたりが暗くなっていた。どうやらうまいことブレーカーを落とすことに成功したみたいだ。相手は予備電源を使い最後まで抵抗したが時すでに遅く俺はものの数分でメインシステムを一時的にだが完全に制圧することに成功した。

後は簡単。混乱している敵に見つからず脱出ポットまでたどり着くだけだ。

まだ電源は復旧していないようだ。あのコンピュータから少し移動してダクトの上から通路を見下ろしてみたが電気がついていない。俺は一応メインコンピュータを制圧したからステーションにあるどのコンピュータからでもメインコンピュータにアクセスできる。脱出ポットの位置の把握や敵の進路を妨害するために防護隔壁を自由に閉めることが出来る。そう思いながら俺はそっとダクトから下の通路へと降りた。敵はいない。この通路をまっすぐ進めば脱出ポットがあるフロアに着くはずだ。俺は周囲を警戒しながら脱出ポットの方へと足を進めた。


脱出ポットは合計で三台あった。たぶんどれも同じだろう。じゃあ遠慮なくセンターのポットを使わせてもらおう。コンソールを使い一瞬にしてポットのハッチを開くと俺は遂に片足をポットの中に踏み入れた。と、次の瞬間、かすれた発射音と共に発射された粘土質のものが引っ込めぞこねた左手にへばりつき、左手は壁に接着した。俺は一瞬頭が真っ白になった。しかしどこからともなく現れた武装した刑務官が近づいてくるのを見て悟った。エドヒセブガン、逃走する容疑者や受刑者の動きを封じ込めるものだ。わかりやすく言えば瞬間接着剤 Lv.100みたいなものだと思ってくれればいい。しかしどこから侵入してきた?侵入経路はすべて塞いだはずなのに…。俺は迫りくる刑務官を見て焦燥感を覚えた。俺の動きを封じている左手の接着剤をはがそうにも1秒もしないうちに固まってしまった接着剤をはがすことは容易ではない。俺は咄嗟にそこら辺からパクってきたマイナスドライバーで接着剤をはがそうとする。が、それでもカチカチに固まってしまった接着剤をはがすことは難しかった。

「ヤバい……これはヤバい……!」

焦りと恐怖がまじりあったこの感情が俺の心を支配する。そしてうまいことドライバーで接着剤をはがすことが出来たと思った途端、俺に追いついた刑務官の一人が馬乗りになって俺を押し倒した。あまりの衝撃に俺は「うっ……」と情けない声を出してしまう。その後続々とほかの刑務官が到着し、暴れる俺の動きを封じていく。ここまで囲まれればもうどうしようもない…。逃げようと必死に暴れる俺に刑務官は何かを俺の首に注射した。すると徐々に意識が遠のいていく気がする…。

ああ…せっかくここまで来たのに……俺…これからどうなっちまうんだ……どんどん意識が遠のいていく……


「うっ」

頭がくらくらする…ここはどこだ?確か脱出ポットに入ろうとして、あと少しのところで捕まってしまったんだっけ…?少しすると意識がはっきりしてきた。周囲を見渡すとどうやら俺は薄暗い小部屋に連れてこられたらしい…。周りには誰もいない。

もっと周囲を詳しく探索しようと思い、椅子から立ち上がろうとしたところ、後ろに引っ張られてしまった。どうやら椅子に密着するように拘束されてしまったらしい。しかも両手には手錠がかけられて動かすことが出来ない。しかも手錠と椅子への拘束は両方ともデジタルではなくアナログだというのだ。手錠をハックして解錠させることもできない。そしてよく見てみると宇宙服のようなものに着替えさせられているのにも気づいた。と言っても普通思い浮かべるようなものではなくウェットスーツ並みにピチピチのものだが。しかし困ったものだ…というかここはどこだ?なんでこんなところに連れてきた?不可解な事象の連続に動揺して徐々に鼓動が早くなっていっているのがわかる。

すると小部屋全体が大きく振動し、それと同時に機械がこすり合うようなけたたましい音が鳴り響く。部屋全体が移動しているのを感じた。いや、今察したがここはただの小部屋ではない。プリズニア6へと受刑者を降下させる降下船だ。そう俺の星流しの刑は今まさに執行されたのだ。外の様子は見えないが間違いない。俺は急なことでまた頭が真っ白になってしまった。「完全に終わった」 そんな言葉だけが頭の中で堂々巡りをしていた。

すると降下船が急加速を始めた。それと同時にものすごい G が俺の体にかかる。

俺はすさまじい G にもがき、時に嗚咽を漏らしながら苦しむことしかできなかった。

そうしてまるでジェットコースターのように動く降下船の強烈なGにより徐々に意識が朦朧としていき、遂に視界が暗転してしまった。

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