日本から独立して積層都市になった東京のハッカー少年と黒髪ツインテ少女。どすけべお姉さん大泥棒が押しかけてきて都知事暗殺未遂で大変だ!街を支配する8組織を取り持つ調停業は今日も大変。〜鉄帽とリボンタイ〜
エピローグ なーにが五輪だ勝手にやってろってんだ
エピローグ なーにが五輪だ勝手にやってろってんだ
「わっ、すごいですよ樫村さん! あのロリィタさん、空飛んでる! ……樫村さん?」
まだあちこち壊れたままの〈
壁に五輪の公式配信を映し出し、ポップコーン片手に熱中している色葉が呼びかけるが……久太郎は視線を向けなかった。修理した机の前、ゴーグルを下ろし端末操作に集中している。
「……樫村さん、火の巻の決勝戦ですよ、ようやく延期期間が終わったのに、見ないんですか?」
「…………あのな、色葉、五輪なんて結局、体育会系どもの馬鹿騒ぎだろ、もともと僕はそんなもん興味ないよ。それより色々大変なんだよ……後始末が……」
大きなため息をつくも、また端末操作に集中。
「まったくもー……樫村さん、あれから人と会うか端末いじるかしかしてないじゃないですか、ちょっとは息抜きしないとー」
「あのな……誰の後始末をしてると思ってるんだ……」
「誰の後始末をしてるんですか?」
「君のだよ!」
一ヶ月前。五輪史上、もっとも多くの死者が出た、あの開会式の後。
里咲の疑いは映像によって晴れたものの、八
「もー……そこまで心配しなくてもいいじゃないですか、こんなに感謝されてるんですし」
配信を映している壁の横には、それぞれの
「あのな、そこに至るまでにどんな苦労があったと思ってるんだ君は……」
「ふふふ、樫村さんは働き者さんですねぇ、お疲れ様です」
「君なぁ……」
のほほん、と言う色葉にはため息しかでない。
あれからずっと、久太郎は働きっぱなしだ。
特に一番最後の問題については、まだ決着がついたとは言えない。
色葉の姿を見た人々の間、条例を改め、他の
一ヶ月間事後処理に奔走してようやく人心地がつけた、と思えば今度は、
しかし、依頼がなければ報酬もない。万年金欠の〈
……良さそうな人、実家に帰っちゃったしなぁ……。
自分が働いていくことに精一杯で、誰か人を雇う、などという発想はついぞなかった久太郎は、自分たちの状況が激変していることに、またため息をついた。
あの後、身の潔白を証明し、黒石から日本国の陰謀についてを
……でも、まあ、それもいいかな、しばらくは。
久太郎は、配信に熱中し、そこだ、いけーっ、などと叫んでいる色葉を見つめる。その肩で揺れる、修復した亜空間装置、艶やかなツインテールも。
色葉の力は、危険すぎる。
一つでも危険な
「…………なんです?」
と、視線に気付いたのか、色葉が不思議そうな顔をして久太郎を見た。
「なんでもないよ、しばらくは……」
と、無意識にその先の言葉を言おうとして、自分が言おうとしている言葉に気付いた久太郎が、さっ、と顔を赤く染める。
「……なんでもない、ほら、もうすぐ優勝決まるぞ」
「えー、なんですかぁー、気になりますよー」
「だからなんでもないって」
「気になる気になる気になる! 相棒に隠し事はなしですよ樫村さん!」
だだだっ、色葉が小走りに走ってきて、ずい、とデスクに身を乗り出し、久太郎に顔を近づけた。幼いながらも整った、美しい顔が間近に来てうろたえる久太郎。ふわり、と揺れたツインテールから、なんとも言えないいい香りがして、心がよろめく。
「だから……しばらくは、二人きりで、いいかな、って、そう思ったんだ。ほら、その……依頼、来すぎてるだろ、で、
しかし、そう聞くと今度は色葉が赤くなった。いかにも合理的な判断を装っているが、彼からそんな、二人きり、なんて直接的な言葉を聞くのはあの時以降、これが初めてだ。
「そ……あ…………樫村、さん……」
「……なあ、その……」
「ね、あの…………ちゅー、したく、なりました……」
「なっ! ……あー、そ、それは……」
「だめ、ですか?」
「いやっ! だめ、じゃ、ないが……」
「だめじゃないけど……なんです?」
「そ……その、僕ら、あ、相棒、だろ、その、だから」
「…………恋人じゃない、ってことですか?」
「い、いや、だから……」
「ふふ……樫村さんらしいんだから、も~……ね、じゃあ、あの……そっちにも、なりましょう、あはは」
「ほへっ、そ、そっち、って……こ、こっ……い、びと、にっ……て……」
久太郎が、恋人、という言葉に戸惑っている間、色葉はデスクを回り込む。座っている彼の腿の上、遠慮無く腰掛ける。
「えへへ……私なんかじゃ、だめですか?」
どこからどう見ても。
「……こっ……のっ……」
色葉の顔は、そんなことを言っていなかった。
それで久太郎は、なんだか腹が立った。腹が立って……自分から彼女の肩に手を置いて……それでもゆっくり、彼女の唇に、自分のそれを押しつけた。
数秒後、あるいは、数十秒後。
「えへへへ……ねえねえ、樫村さん……?」
顔を真っ赤にした久太郎に、そっと唇を離した色葉が問いかける。
「な……なん、だよ……」
色葉の、どこかからかうような顔に、どこか拗ねたような顔で答える久太郎。
「昔の恋人の人としたキスと、どっちが良かったですか?」
一瞬、答えに詰まり……そして大きく息をついて言った。
「ごめんあれはウソです見栄を張りました」
「あはは、よ~やく言った~」
色葉が微笑みながら言うと、ふっ、と肩の力が抜けたような気がした。東京に来てからずっと、張り詰めていた緊張の糸がはじめて、そこで緩んだような。だからきっと、口が滑ったのだと思う。
「……じゃあ、ついでに、言っとくよ。その……だから……くそ、どう言えばいいんだよ、こういうの……」
それでも、皆目見当もつかなかった。
「ふふ、思うがままに、自分にしょーじきに言ってみたらどうですか?」
「正直、って言ったって……」
「も~……じゃ、私のこと、どう思ってますか?」
「好きだよ。大好きだ。ずっと一緒にいたいと思ってる……だから……その……あ~……くそっ、だから、だな……えー……」
「……も、もうっ……そこまでいって、なんでそこからを恥ずかしがれるんですか」
「し、仕方ないだろ……好き、なんて、その、単体で抜き出せばただの動詞だ、それに、後は事実の羅列だ、端末の動作周波数と変わんない……そもそも、君は、なんで、こういうの平気なんだよ……」
「それは……だから、あなたに、教えてもらったから。自分にウソをつかないこと、それが自由ってこと……ふふふ、ね、樫村さん」
「な……なんだよ」
「私も、好きです。大好きです。ずっと、一緒にいたいです」
「…………こういう会話をした後に、好きです付き合ってください、恋人になりましょう、とか、むしろヘンじゃないか……?」
「………………あはは、そうかも……」
「……………………」
「…………………………ね、ねえ、樫村さん? じゃあ……?」
「いや僕らまだ十八歳未満だろ無理だぞ」
「も~……すぐに現実に戻るんだから~……」
「ふん、現実以外に行ったことなんてないね、僕は」
「ん~……もうしばらく、夢の国にいたいですよぅ……」
「どこだよそりゃ」
「こーこっ」
「……おい、くすぐったいってば……」
「えへへへ、止める方法はただ一つですよ~……」
「…………その顔、ちょっとばかみたいだぞ」
それから二人はしばらくの間、そこでそうしていた。
〈了〉
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