09 愛、または泥棒よりはマシな仕事
「……犯すなり殺すなり、好きにすればいーじゃん?」
牢屋の中、スーツを脱がされ拘束衣を着せられた里咲は、それでも普段と変わらない、軽い、緩い口調でそう言った。電撃のせいか、体中が燃えるような痛みに覆われていたけれど、精一杯強がる。
「いえいえ、そういうわけにもいかないんですよ。なにせあなたは、我が世界一の指名手配犯。
鉄格子越し、黒石は芝居がかった口調でそう言いながら首を振る。
「元の世界に連れ戻して火あぶりとかー?」
「それも候補ではありましたが……あなたのもっとも嫌がることをする、その点については我らの世界、九十九%が同意したんですが、方法論で少し揉めましてね」
黒石はにこやかに笑う。
「想像力のない連中は四肢を手でちぎり死なない程度の拷問を死ぬまで繰り返す、などと言っていましたが、あなたはきっとそれを受け入れてしまうでしょう。自分がやったことはそれに値する……泥棒である以上、クソのような最後を迎えるのは当然だろう、あなたはそう思っている。すると、肉体的な拷問は無意味だ。吐き出させる秘密もありませんしね」
黒石の鋭さに舌打ちする里咲。前々から人を見る目が厳しいやつだ、とは思っていたけれど、心を読まれているようで少し気味が悪い。
「……やっぱりあんたさ、あたしのこと好きだよね」
「ええ、愛しています。心の底から」
動揺させようとそんなことを言ってみても、まったく動じず、平坦な顔で返され、逆にうろたえてしまう。そんな彼女を見て微笑み、ゆらり、幽霊のように鉄格子に歩み寄る。
「誕生日のプレゼントを選ぶように、あなたのもっとも嫌がることを考えました」
ぎゅう、と鉄格子を握りしめる黒石。
「その結果、現地世界のため、我らの世界のため、大いなる善のため働いてもらうのが妥当である、という結論に達しました。貴重な異世界転移経験者ですしね。大泥棒としての業務経験も深い。得がたい人材だ」
にこりと微笑んだ顔が、里咲には悪魔のように見えた。
……なるほど、たしかに、あたしを愛してるらしい。あたしが何をやりたくないか、ホントにわかってる。要するに、誰かのために働けってことだ。逃げないで、一カ所にとどまって。
「あたしがそんなことすると思って……ないけど、それをむりやりやらせる手段はもう、確保してる、ってことか」
「理解が早くて助かります。現地政府の協力を得て、スーツに爆薬と追跡装置を仕掛けさせていただきました。私の命令一つで起爆させられる仕組みです。あしからず、ご了承ください」
一歩下がり、深々と頭を下げる黒石。それを見て、ハッ、と大きく笑う里咲。
「ブラフもいいとこだねー、あんたたちが命をかけて追ってきた、このスーツを危険にさらすはずがない。もう一着できたからって、あんたがあたしに追いつくまで一年と少し。ってことは、一年に一着程度の生産ペース。それを爆破する? ハッタリ打つんならもう少しマシなのにすればぁ?」
「いかにも、ごもっともなご指摘ですね……ですが、あなたにそれを確かめる勇気はない」
「…………だぁれぇがぁ、腰抜けだって?」
「おや、これは言い方が悪かったようだ、申し訳ありません」
再び鉄格子に近づき、格子に顔を押しつけ、笑う黒石。
「あなたにはもう、スーツなしの生活は考えられない。違いますか? スーツをなくす危険性が少しでもあることは、そもそも考えられない。そうでしょう?」
相手のハッタリを見抜き得意になっていた里咲は、まったくの図星をつかれ、虚勢も張れないほどにうろたえた。
それは自分でも気付いていなかった本音だった。
無限の世界の、好きな場所に、好きなように行ける。
どれだけ環境を破壊しようが人類が科学文明を捨て去れないように、どれだけ科学が超常を暴いていこうが宗教が廃れないように、里咲にはもう、あのスーツのない生活が考えられない。
ふふ、ふふふ、ふふふふ、と、気味の悪い音が聞こえる。
それは鉄格子に顔をはめた、黒石の漏らす笑いだった。
「愛情とはすなわち、相手を理解したいと思うこと、相手と同じようになりたいと思うこと……ええ、私はあなたを、深く、深く……愛していますよ。心から。自分でスーツを着るようになって思います。これはすばらしい発明だ。まさしく、夢の道具だ。これを失うぐらいなら、死んだ方がいい、いや、死ねばもうスーツで転移ができない、だからまずはどこかの異世界で不老不死になってこよう……そんなことさえ思わせてくれる。そうでしょう?」
「………………で、あたしに、何をやれって?」
……こいつとしゃべるのは、時間の無駄だ。
そう考えた里咲は諦めたように呟いた。
すると黒石は、とびきりの笑顔で答えた。
「暗殺です」
「……あんたがやれば?」
「ははは、死ぬ危険性のあることを、私がやるわけにもいかないので」
「……この……クソ役人……!」
「おや、泥棒よりはマシな仕事ですよ」
「同じようなもんだろ!」
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