第二章 どすけべお姉さんあらわる
01 十億の女
「マジで……なんなんだ……?」
意識のない女を地下からオフィスにまで運んだ二人。馴染みの
「僕ら、何に巻き込まれた……?」
『本日午後六時頃、都庁舎、都知事執務室内に何者かが複数で押し入り、松平龍太郎都知事の暗殺を試みる事件が発生しました。事件当時松平都知事は
「樫村、さん……まずい、ですよね、これ……?」
紅茶を入れようと事務所のキッチンに立っていた色葉の動作が固まっている。傷の手当ては済んだものの、まだ意識を取り戻さない謎の女を久太郎は見つめ、固まる。
『調べによりますと都知事暗殺を試みた集団は、二十二名。その内二十一名は宮武さんにより殺害、残り一名が逃走中、現在
二十代前半女性、茶色がかった長髪、身長百七十五センチ程度、黒とオレンジを基調としたレーシングスーツのような服装、左手に怪我。そして目元を不透明のバイザーで覆った顔写真。
ソファに横たわる女に、ぴたり、当てはまる。
久太郎はソファに近づき、恐る恐る女のバイザーを上げ、改めて顔を見る。
太い黒縁眼鏡に目の脇のほくろ。綺麗に整った眉。どことなく秋を連想させるダークブラウンの長い髪。
美しい女性だった。だがその美しさに冷たいものがなく、柔らかな印象。顔の基本形が笑顔なのだろう、と意識がなかったとしてもわかる顔つき。だが……。
体を覆っているのは目のやり場に困るほど体の線が出ている、黒字にオレンジのラインが入った、服のような、全身タイツのようなボディスーツ。たしかにレーシングスーツに似ているが、だいぶ、薄い。久太郎はアメリカのスーパーヒーローコミックを連想した。スーツの真ん中に入っている〈TRUCK〉という文字の意味を考えようとするけれど、そのたび、脇にある豊かな膨らみに目が行ってしまい、慌てて目をそらす。
「で私はやっぱり牢屋行き?」「うわっ!」
突如、女が目を見開き言い、久太郎はのけぞり叫んだ。がちゃん、紅茶カップが床に落ち割れる音がすると、旋風のように色葉がやってきて久太郎と女の間に割り込む。
「樫村さん、下がって」
左手で久太郎の体を押さえ、右手で女の首に手をかける。色葉の小さな手では女の首を掴むにはほど遠かったけれど、そこから発散される空気は、彼女が本気だと告げている。
「ちょ、ちょっとタイム、ターイム! あの、寝たフリしてたのは謝るけど……さすがに、あの、私の事情を聞くぐらいしても、いーんじゃない? ……興味なぁい?」
場の緊迫感にそぐわない、ゆるく、間延びした声。
「……色葉」
久太郎の声に、色葉が手を引く。女がほっと一息をつく。
「……それで、
気を取り直し椅子に腰を落ち着けた久太郎は、ソファに座り直す女を見て問う。
「やー、左手治療してくれたんだ、ありがとー」
包帯を見ながらくすくす笑う女。焦れる久太郎は疑問を並べ立てる。
「……あんた何者? どうやって都庁舎に入った? それでどうやって出てきた? なんであそこに? っていうかマジで都知事を暗殺しようとしたのか? 殺された他の面々は?」
「ちょ、いっぺんに質問されても答えられないよ、一から順を追って説明させてって、いい?」
久太郎はしばし考えるフリをしながら、ワンアクションで鉄帽から
女が一つ、咳払い。色葉に視線を送りながら、ゆっくり、立ち上がる。
やがて腰を落とし、手を突き出し、ふざけた調子で言った。
「
久太郎は目の前に突き出された女、里咲の手と、顔を見比べながら口を開け放し、通報するかどうか、ひたすら迷った。色葉は色葉で、勢いよく任侠映画じみた挨拶をしているのにちっとも揺れない豊満な胸を見て、このスーツってブラも兼ねてるんだ、と感心した。
「……スベった?」
少しの気まずい沈黙の後。久太郎と色葉は顔を見合わせ、どうやら何か、とてつもなく面倒くさい人を拾ってしまったのかもしれないぞ、と思った。
「ごめんて、ちゃんとやるからー」
そう言うと女は首に手をやる。かちり、スイッチを押し込むような音がすると、スーパーヒーローじみたバイザーが女の顔を覆い、目元から壁に向かって、映像が照射され始めた。
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