04 絶対は絶対にない

 久太郎が持ち上げた腕、その手は小型のコントロールパッドを握っていた。男の目はサングラス兼用のゴーグル端末に覆われ見えない。

「……なに?」

 筐体前のモヒカン男は奇妙な顔になり、しかし迅速に中年男の首から手を離す。

イカサマチートだって言ったんだよ。操作してたのはあんたじゃなくて、こいつが遠隔で、だろ?」

 筐体上部、カジノゲーセンの壁面に、久太郎のゴーグルから映像が照射される。周囲を飛び交うデータ量の記録映像だ。ほぼランダムにデータが飛び交う中、ギャラリーの中からモヒカン男に、一直線に繋がった通信の痕跡が見てとれる。

 カジノゲーセン機材を騙すのはほぼ不可能に等しい。都の税収、大半を支えている現場にはそれ相応のセキュリティが施してあるし、破ろうとした者には相応の罰がある。

 しかしだからといってイカサマチートは絶対にできない、ということは、絶対にない。機械を騙す余地が一切残っていなかったとしても、人間を騙す余地は常にある。

「…………で、さっきもう、リーグにチクってあるよ」

 久太郎は男の手を下ろし、にこやかに告げてやる。同時に呆然とする男の手からコントロールパッドをむしりとる。ここでの操作を無線接続で筐体に送り込んでいたのだ。いかにもチンピラのモヒカン男は、いっぱしの格ゲーマーならカモだと思うだろう。だが実際に対戦していたのはモヒカンではなく、こちらの男なのだ。それも、不正なコントローラーを使う種類のプレイヤー。

 筐体内の基盤やプログラムは鉄壁のセキュリティに守られているが、プレイヤーからの入力に関して、カジノゲーセン筐体はある程度の融通が必要になる。慣れたコントローラーを持ち込んでプレイしたい、ヘッドフォンで音も聞きたい、というニーズがある。だから昔ながらの古き良き筐体でも、後付けで有線・無線両方の入力機能を付加される。男のイカサマチートはここにつけ込んだものだ。初心者しか騙されないような手口だが……初心者はいつの時代でも、どこにでもいる。だからそれを取って喰う悪人も常にいる。

「捕まって脳みそフライにされない内に、とっととずらかった方がいいんじゃない?」

 男は久太郎の目を見つめ、後ずさり、モヒカンに目をやると……脱兎のごとく逃げ出した。

大鯨連ゲーマーズリーグも質が落ちたなあ」

 周囲のギャラリーに聞こえる音量で、久太郎がわざとらしく言う。

 大鯨連ゲーマーズリーグ

 カジノゲーセンを縄張りとし、ゲームで生計を立てる人間たちが集まった派閥ファクション。もっとも現役の真剣師ハイローラーや、スポンサーのついた専業プロゲーマーとして活躍するのは少数で、多くはカジノゲーセン内のゲーム作成顧問やオッズ制定、レギュレーション策定、イベント運営、といったカジノゲーセン運営に回っている。

 だからこそ、どんな程度であれ、イカサマチートに関わった人間には重い罰が与えられる……。

 が、だからといってリーグ大鯨ゲーマーはイカサマを絶対にしない、ということは絶対にない。

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