第4話
ぽっかりと空いた心は埋まることなく、あっという間に三年の月日が経っていた。
あれから、あの時この知識があればとか思っていた経験から医学部に進学を決めて日々忙しく過ごしていた。
ナノマシン医療の発展が進んだ今、医学史と大昔の医療知識を調べては学んでいる。あの世界にもう一度行けば、この知識はきっと役に立つ。
そんな無意味なことを考える。
「やっほー、トオノくん~」
「先輩?」
学部の先輩がヒラヒラと手を振りながらやってくる。
金色に脱色した髪にピアスをいくつも開けていて、ほんとうに医学部生なのか疑ってしまう。
「真面目だね~レポートの合間に調べモノ?」
「調べるの好きなんで」
PCを使う時に掛けている眼鏡をはずして、眉間を思わず揉む。
ずっと眺めていたからいつの間にか疲れていたようだ。
「なぁに、これ? 水晶??」
「……針入水晶ですよ」
「え? もしかして、トオノくんってオカルトとか興味ある系?」
「まぁ、そこそこ……」
あれから探している石は見つからない。ネットで調べて、同じように異世界に行ったことがある人がいないか調べてみた。同じ現象が起きている人はいない。
唯一の証言は、ユーコさんと自分の経験だけだ。
針入水晶も似ているだけで、やはり、あの手の中にあった石とは全く違う。
画像資料や博物館などで見たが光の入り方が針入水晶とは違うのだ。自然の物と比べるともっと、人工的に作られたような気がする。
「この石どっかで見たことあるな~」
「え?」
「うちのかわいこちゃんが持ってるかも」
「かわいこちゃん?」
似ている石かもしれない。それでも、もしかしたら、と思うと思わず腰を浮かしかける。
ふと、先輩は弾かれたように顔をあげるとどこかへ走り出す。
その背中を追えば、人だかりが出来ていた。
「おい。取ったもの返せよ」
「と、取ったなんて人聞き悪いな! 見せてもらうために借りてただけだよ!」
小柄な影が、先輩から逃げるように俺の前へと立った。
後にいる俺の存在に気づいていないのか、振り上げられた片手が俺の顔面に迫ってくる。
咄嗟に腕で防ごうと思った瞬間だった。
手のひらとぶつかる瞬間、目の前が白い光に包まれた。
「え?……ぐっ」
「うわっ!」
防ぎそびれて、裏拳が綺麗に顔面に入ってくる。顔面に激しい痛みと、身体に衝撃が走りのしかかってきた重みに尻もちをついた。
手の下に感じるのはアスファルトではなく、硬質な金属の感触だった。
開けた視界の先、見えたのは白い布をすっぽりと被った数人の男たちだった。
「おお、神子が二人も降臨されるとは……!」
「……神子?」
「お、お前ら何なんだよっ!!」
俺の上に座っていた子がキンキンと叫びだす。
「とりあえず、どいてくれ……」
「えっ!? うわっ、ごめん!!」
俺の上から跳ねるように立ち上がり、手を差し出してくれる。ありがたくその手を借りて立ち上がり、改めて周りを見回す。
天井が異様に高く上が見えないほどの空間だった。硬質な金属の壁で囲まれ、光すら届かない。
振り返って、息を飲んだ。
巨大な水晶柱が煌々と光を放って宙に浮いている。
まるで、その視線を遮るように周りを囲まれる。
「神子様方、どうぞこちらへ……」
「突然のこと驚かれているかと思いますが、我々の話を聞いていただけないでしょうか?」
「ど、どういうことなんだよ、ここはどこなんだ?」
促されるまま歩き出す。ぽっかりと空いた洞穴に入ると、床がゆっくりと上がりだす。どうやらエレベーターだったようだ。
随分と長い時間乗っていた気がする。
開けた場所に出て、差し込んでくる日の光の眩しさに思わず目を細める。
「な、なんだよ、ここ……」
大昔の宗教建築でよく見られる庭に面した回廊だった。
綺麗に長方形に整えられた、青々とした緑の生垣。降り注ぐ日の光は、回廊の上部にはめ込まれたステンドグラスの美しい絵柄を、汚れ一つないくらい磨き上げられた大理石の床に映し出している。
色鮮やかな花や白鳩、祈る人々が描かれている。
やはり、ここはどこかの宗教施設のようだ。
「こちらでしばしお待ちください」
「なぁ! ここはどこなんだよ!!」
案内された部屋のソファに腰を掛ければ、白服の人たちを引き止めるのを諦めたらしく騒いでいた子も俺の隣に座った。
「あんた……すごい、落ち着いているんだな」
「むこうが、話を聞いてほしいと言っていたからそれを聞くまではこちらに危害を加えるつもりはないんだろうなって思ったからね」
「それでも、こんな、どこか分かんないところに来たのに……」
「そういえば、ここに来る前に君の右手が光ったみたいだけど、なにを握っているの?」
怪しく見えないように、そっと問えば彼は大きな目を瞬かせた後握りしめていた右手を開いた。
「すっかり忘れてた……。これ、友達が大事に持っててさ、気になって見せてもらったんだよ。あれ……前に見た時より全然きれいじゃないなぁ、この石ころ」
「……」
開かれた手の中にあったのは、丸い水晶の玉だった。
ユーコさんの石にぱっと見は似ている。けれど、落としたのだろうか、大きな傷が走っていて石の中の針の輝きも薄い。
「なんだか、さっき倒れていた場所にあった石に似ているね?」
「そうなのか? 全然気づかなかった!! あ、自己紹介してなかったな。俺はリク・ナナキっていうんだ、リクって呼んでくれ!」
そう言ってリクはにっこりと笑った。
「俺は、とおの……」
「お待たせいたしました」
その声と共に部屋に入ってきたのは初老の男性を筆頭に四人の男性だった。
四人とも目を見張るほど美しい面立ちで、精巧にできたアンドロイドかと思ったが目が合うと全員が何故か熱っぽい表情を浮かべる。
「お初にお目にかかります、神子様方。私は聖修道会の総長を務めます、メタトロンと申します」
「聖修道会?」
「俺はリク!! よろしくな!」
俺の問いに重ねるように突然リクが名乗りだす。まだ、誰かもわからないのに突然名乗るのはどうなんだろうか。
「はい。よろしくお願いします、神子様」
「その、神子ってなんなんだ?」
「神子とは、我々、神に仕える信徒にマナを導き、選ばれた“使徒”へと至らせてくださる異世界からの渡り人のことです」
マナ。
この世界は俺が夢で見た場所だ。
夢ではなく、本当に存在していることに身体が震えそうになるのを堪える。
「お、俺が、神子?」
「ぜひ、そのお力で信徒たちをお導き下さい」
「み、導くっていったいどうやって?」
「まずは神子様のお力を見させていただいてもよろしいですか?」
メタトロンに促されるように一人の男が前に進み出てくる。瞼を閉じたまま歩いているというのに迷いなく進む姿はどこか不気味だ。
腰まで伸びた淡い茶色の髪、目を閉じているためその瞳の色は伺えない。すらりと背が高く、どこか高揚した様子で、男は俺たちの前に立った。
「さあ、神子様。彼の手を取ってください」
迷わずその手を取ろうとしたリクの肩を咄嗟に掴んで抑えた。
「何をさせようとしているんですか? なんの説明もなく、突然力を見せてくれと言われても、何が起こるのかわからないのにすぐ出来るものでもないですよ」
「た、確かに…」
場の空気に飲まれていたのだろう、リクはハッとした表情を浮かべると一歩下がって目の前の男とメタトロンと名乗った初老の男の様子を伺う。
「説明がいたらず、大変失礼いたしました。神子様の登場に我々も高揚してしまい……我々は神に使える民の中でも特に秀でた力を持つ«天翅»です」
「てんし?」
思わずリクと顔を見合わせた。
「魔物や異教徒との戦いの中で我々はどうしても穢れてしまい、力を失っていくのです。このウリエルも力を失ってしまいました。«天翅»の穢れを祓い、力を取り戻せるのは神子様のみなのです」
胸に手を当てどこか恍惚とした表情でこちらを見つめてくるメタトロンに正直寒気がした。自分にそんな力があるとは思えないと否定したいが、ラズのことが頭を過る。
彼が回復した理由がもしかしたら力のおかげだというのなら、納得がいく。
「神子様。どうぞ、ウリエルをお救いください」
「………」
ウリエルと呼ばれた青年がゆっくりと両膝をついた。まるで、祈るように手を組んだあと、そっと宙に差し出された手は真っすぐにリクに伸ばされる。
その手を取るのを彼は躊躇わなかった。
二人の手が触れた瞬間、世界に光が溢れた。ゆっくりと光が収束し、完全に消えた瞬間リクは尻餅をついた。
「なんだよ、今のっ」
「おお。素晴らしい……」
メタトロンは感嘆の息を溢した。その視線の先に座るウリエルの髪が淡い色合いからまるで稲穂のような鮮やかな黄金へと変わっていた。
「これでウリエルの穢れは払われました。さぁ、神子様、他の者達もお願いいたします」
「う、うん」
頷いたリクと俺の前にメタトロンの後ろにいた人たちが立つ。随分と背の高い、仏頂面の男を見上げる。
彼の髪もどこか色が薄い。男性にしては髪が長い人が多いと思ったが、穢れがわかりやすいようにしているのかもしれない。
そっと差し出された手に触れる。
けれど、何も起きなかった。メタトロンは訝しげな表情を浮かべながら、俺の前に立った。
「あなたは、誰かの穢れを払ったことがありますか?」
「……俺は、おそらく3年前にこの世界に来たことがあります」
俺の言葉に室内がシンと静まり返った。
「恐らく貴方たちの言うところの穢れで苦しんでいた子供を助けました」
「その時、あなたはその子供を使徒に選ばれたのですね」
「……使徒に選ぶ?」
「あなたの力を受けられるのは、使徒に選ばれたその者だけです」
「それは……もしかして、その子は生きているってことですか?」
脳裏によぎる、二人の顔を思い出す。
あの小さかった子たちは、死を覚悟していた。
「恐らくは、生きているかと」
「生きてる……」
もしかしたら、二人にもう一度会えるかもしれない。熱いものが込み上げてきて、慌てて歯を食いしばったけれど間に合わなくて喉から嗚咽が零れた。
「………よかったっ」
安堵からか、体から力が抜けるのがわかった。俺は膝から崩れ落ち、目から熱いものが流れるのが恥ずかしくて俯いた。
二人にもう一度会えるかもしれない。
喜びと、不安で胸が痛んだ。
楽園の天翅たち 三三一 @sam_sammy
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