第3話
「最近、お腹が痛いって人が増えていて治ってもまた痛くなったりを繰り返したりしてるんだ……」
「不特定多数の人が?」
「うん」
「もしかしたら、その人たちが口にしているモノに問題があるんじゃないか? 例えば、水とか」
話を聞けば、井戸が枯れてしまったため川の水を口にしているらしい。昔の文献で革の水にはバクテリアとか身体に悪いものが繁殖していて、煮沸消毒や炭や砂などで濾過してから飲むといいと聞いたことがある。
その話をすれば、ヴィもラズも真剣な表情で聞いてくれたのでなんだか気恥ずかしかった。間違っているかもしれないから、あとでしっかり調べておかなければ。
「そういえば、ミスミの両親はどんな人?」
「え?」
まさか、ヴィからそんな話を振られるとは思わなかった。
双子の両親の話は早くに聞いていて、父親が随分とマナを使う能力が高く一族を率いる立場にいるらしい。奥さんが十人くらいいて、二人の母親はその中の一人だったそうだ。
二人の父親は子供のことを自分のマナを回復するための道具のようにしか思っておらず、それを嫌がった母親が連れて逃げてようとしたが失敗し、母親は殺され、二人はこの城に閉じ込められているそうだ。
何気なく話されて言葉を失った。二人にとって両親というものはないもので、大人という存在は自分たちを閉じ込めようとしている悪い存在でしかない。
「俺の両親は……昔から仕事が大好きで、家にいない人たちなんだ」
「女の人も外で働いているの?」
「ああ。俺が住んでいるところは、女の人が一人で歩いていても無事なくらい治安がいい所だから」
俺の言葉に二人は信じられないようなものを見るかのように目を瞬かせる。
「仕事で忙しいし、週に一回でも顔を合わせればいい方って感じだけど……二人なりに俺のことを愛してくれてると思う」
「“愛”ってなに?」
「うぇっ!?」
キラキラした目でヴィが俺のことをみてくる。
「えーと、ヴィがラズのことを大事って思うのも愛だと思うし、ぱっと見は分からなくてもうちの両親と俺の間にあるのも愛だよ……それに、二人の母親がお前らと一緒に逃げようとしたのも愛だよ」
「……好きとは違うの?」
「うーん、俺もそういうのよくわからないんだけど……自分の中の特別な好きが愛だと思うよ」
「ふーん」
「ミスミ、照れてるのか?」
「うっ!?」
ラズに指摘されて思わず自分の頬を抑えた。
いつもより明らかに熱を持っている。
「ミスミの顔真っ赤!」
「うるさい!! うるさい!! ぐぇっ!」
二人は俺にのしかかると、からかうように頬をなんどもつついて来た。
顔を腕で隠そうとしてみるけれど、それも敵わずつつこうとしてくる。しばらくその攻防が続いて、三人で顔を見合わせて小さく笑った。
石壁のこの牢獄の中でも、この三人で一緒なら冷たくもなかった。
もう少しで夏休みが終わろうとする頃。いつもどおり訪れれば、珍しくラズが焦った表情で出迎えてくれた。
「ミスミっ!」
「ど、どうしたんだ、ラズ?」
「ヴィが大変なんだ!!」
腕を掴まれた先、ベッドに倒れていたのは血まみれのヴィだった。
心臓が止まるかと思った。頭が真っ白になって、指先から一気に血の気が引いていくのが分かった。
「ヴィ!?」
「くそっ……親父が、親父が、ヴィを……」
「と、とにかく、お湯と布を……ありったけ用意してくれ」
俺の言葉にラズは頷くと、あっという間に消えた。
用意された水と布で傷口を洗い、思った以上に浅い傷を止血して布を裂いて作った包帯を巻いていく。
今まで服に隠れて気づかなかったが、ヴィの背中には何かで叩かれたような鋭い傷がいくつも残っていた。
「顔を合わせると、親父が鞭で叩いてくるんだ……ヴィは特に、親父を裏切ったお袋に顔が似ているっていちゃもん付けられてぶたれることが多いんだ」
「そんな……」
「なぁ、ミスミ。親父がおかしいんだ……段々、仲間と敵の区別がつかなくて……マナの消費も激しくなっていってるんだ」
初めて会ったときにラズが死にかけていたのも、父親にマナを吸われたからだと聞いていた。
思わず、傍にあったヴィの手を握りしめる。
俺から何かがヴィに向かって流れていくのが分かる。
「そういえば、ラズは俺からマナを吸ってから減りづらくなったって言ってたよな?」
「……うん」
「俺が親父さんと会ったら、回復できるんじゃないか?」
「……ミスミが、親父にあう?」
俺の言葉にラズが息を飲むのが分かった。
そうだ。親父さんを回復する代わりに、二人の生活を改善してもらえばいい。あの冷たい石の中からもっと暖かで快適な場所へ。
「まずはヴィが回復するのが優先だけど。良かったら、お前らの親父さんに話を通してもらえるか?」
「………」
「ラズ?」
「……ヴィとも話をしてみる」
「うん?……うん」
頷き返した瞬間だった。
まるでタイミングを計っていたかのように夢から覚めた。
そう言えば、段々と夢の中にいる時間が伸びているように感じる。
夢の中に様々な物を持っていけないかどうかは何度か試していて、いまのところ手に握りしめられるモノしか持ち込めていない。
一度リュックを背負ってみたけれど、身体しか夢の中に行けなかった。
とりあえず、持てるものをと思って傷薬を握りしめて横になる。ヴィの怪我がひどくなっていないことを祈るばかりだ。
「……ミスミっ!」
「ヴィ! 起きて大丈夫なのか!?」
俺を出迎えてくれたのは包帯はまだ巻かれているが、元気そうに起きあがっているヴィの姿だった。
ヴィは俺に駆け寄ってくると、首に腕を回してギュッと抱きしめてくれる。
昨日の冷たさが嘘のような温かなその体に、思わず泣きそうになった。
「ミスミのおかげで、ボクは大丈夫だよ」
「良かった……無事で、良かった……これ、傷薬持ってこられたみたいだから、傷口の化膿止めに使えるから、これを塗って包帯を巻いておけばきっと大丈夫だ」
差し出された傷薬をヴィは受け取り、それを眩しいものを見るように見つめていた。
ふと、ヴィの後ろにラズが立つ。険しい表情を浮かべていて、俺をみる目がどこか悲し気な光を帯びている。
「ラズ?」
「……ミスミ」
首に回ったヴィの腕に力が籠る。
「ボクたちはキミのおかげで、助かったんだ。ここまで生きてこられた……ミスミはボクたちの神様みたいなものだ」
「神だなんて……俺はそんな……」
「だから、ミスミを巻き込むわけにはいかないって兄さんと話したんだ」
「え?」
ヴィはいつものように微笑もうとして、失敗したような笑みを浮かべた。
両手で握りしめられた左手がひどく痛くて、熱いのに振り払うことができない。
「―オレ達は親父を殺す。弱っている今しかない」
「優しいミスミに辛い思いをしてもらいたくないんだ」
ぐらりと視界がゆがんだ。この感覚はあの時に、ラズにマナを分けた時に似ている。
「ミスミ。ボクと……ボクたちと出会ってくれてありがとう」
ヴィの顔が目の前に迫る。
唇に柔らかなものが触れた。
「愛してる」
視界が暗く落ちる瞬間、手の中から何かが抜き取られていくのがわかった。
それは絶対になくしてはいけない物。
俺と二人を唯一つなぐもの。
「っ!?」
ハッと目を覚ました瞬間、雨の音が耳を打つ。
身を起こすことが出来ないくらいの倦怠感とガンガンと響く頭痛に吐きそうになりながら、手のひらを見下ろす。
いつも握りしめてたはずの石は消えていた。
その日から何度眠っても、俺は双子に会うことは無くなった。
十七歳の夏。俺は、大切な何かを失った―。
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