やっぱり要らないんだよ!
本当に今更だが、俺の名前は真鍋健太郎。
酸いも甘いも噛み締めた絶賛高校二年生だ。
突然に聞こえるかも知れないが、今の俺はダメだ。
昨日からどうにもおかしい。
紬を見れば犯したくなるし、春日を見れば犯されたくなる。
思春期特有の言語化しにくいこの胸の内の感情を、趣向の獣が今にも切り裂いて出てきそうだ。
いや、言ってたわ。
めちゃくちゃ具体的に思ってたわ。
だから俺は一日中机に突っ伏していた。
暴走しそうで怖かったのだ。
はぁ…こんなことならBSS系小説なんて読むんじゃなかった。後悔する奴は決断の速度が足りなかったからだとすぐにズボンを脱ぐ練習なんてするから…。
ほぼ無意識で脱いでた俺の馬鹿。
神様の何らかの力が多少なりとも働いたのかも知れないが、やはりこれは己の煩悩のせいだろう。
これはもうあれだ。ベルトの穴を2サイズくらい縮めよう。多少お腹がキツイが我慢だ我慢。
これは俺の決意の貞操帯だ。
「随分と元気がありませんね」
そう声をかけてきたクラス委員長の千秋楽千秋だ。長くふわふわした髪を明るく染め、アイドル顔負けの容姿に温和な態度で人を不快にさせたことがない、通称仏の千秋さま。
女の子に仏とはなかなか酷いものだが、当の本人はそれも気にしていない。
しかし珍しいな、俺に声をかけてくるなんて。
「千秋楽か。元気なんてあるに決まってる。無いフリしてるだけだ」
これ、お腹まあまあキツいな…というか千秋もキツいんだが。
何を隠そうこの子もかつて恋した女の子だ。
中学二年くらいまでは仲が無茶苦茶良くて、絶対にイケる気しかしてなかったのに、急に疎遠になったのだ。
当時の俺はその事実を認めたくない一心で敢えて理由を求めたりしなかった。
怖かったのだと今は思う。
まあ、時間のおかげか、今ではただのクラスメイトだが、それでも昔よりはマシだった。
冷たくされた理由も今ならわかるしな。
こいつも紬狙いなんだよ。
ほんとマジで誰か紬とくっ付いてくれよ。
「ふふ。それ」
「それ?」
「久しぶりにそれ聞きましたよ」
「そうか?」
「確か中学の頃でしたか。冬月さんにイタズラ塗れにされてずぶ濡れになった時でした」
「覚えてねーよ…」
よく覚えてんな…そういえばあの日から風邪引いて、そこからこいつと疎遠になったんだ。
やはりじゅるじゅるの青っパナなんか見られたからかな…。
ほんま紬だけは許さねぇ。
「ところでお暇なら手伝って欲しいことがありまして。資料室なんですけど」
ああ、確か今日は課題のプリント祭りだっけか。大変だな。
まあ、力仕事なら任せろ。
なんたって俺は男だからな!
「いいわよ」
「…わよ?」
「ッ! 噛んだだけだ。気にすんな」
「そう、ですか…? ふふ。なら行きましょう」
「お、おう」
やべえな。まだ躾が抜けてなかったわ。
それに昨日から喉の調子がおかしいんだよな…春日井の奴、無茶苦茶しやがって…。
喉ちんこ攻めってなんなんだよ!
涙も出るし! えずくし! 出すし! 飲み込ませるし!
最低か!
それに喉の奥がイガイガしてるし、声もなんかおかしいし、おかげでマスク手放せないだろ!
俺、ほんとよく学校来たよな…。
◆
「すっかり秋らしい紅葉ですね」
「そうな」
資料室のある三階に着くと、窓からは、色付いた山々が見えた。後手に組んで横を歩く彼女の姿は、どこかウキウキとしているように見える。
なんかいい事でもあったのだろうか。
「もぉ、真鍋君はドライですね。ところで秋と言えば神社かと思うのですが」
「…なんだって?」
俺はピタリと足を止めた。
「神社ですよ。神社。紅葉が…ってちょっと待ってください!」
そして不細工なムーンウォークで離脱した。
へっぴり腰なのは仕方ないだろ! ケツもまだなんか違和感あるし!
「手伝ってくれるのですよね? 私、泣いちゃいますよ? ばさーって廊下に撒き散らかしちゃいますよ?」
でも出来なかった。くそっ! こいつの泣く仕草は本当にズルい。庇護欲がそそられてしまう。
「す、すまん…ちょっと今神様に目をつけられてる臭くてな」
「なんですかそれ。くすくす。そんなに長い話じゃないですよ。一分で終わりますから聞いてくださいよ」
「あ、ああ、うん」
一分は気になるが、いちいち過敏過ぎるか。
「それで神社なのですが、この間紅葉を観に行ったんです」
「その嬉しそうな顔は、相当綺麗だったんだな」
「そうなんです! そうしたらちょうどイベントだったみたいで……何でそんなに警戒してるんですか? 誰かに狙われてるんですか?「い、いや、別に」そうですか…? 何の話だったかしら…あ、そうそう! みんなコスプレ衣装を着ていて、スッゴく綺麗で!」
「…コスプレ? 撮影会か何かか?」
「そうなんですよ! あ、写真見ます?」
「おう、それは見てみたい」
「えっと、あ、これです。とっても綺麗でしょ?」
そう言って千秋楽はぐいっと近づいてきた。
うわっ、こいつめっちゃ良い匂いするやんけ! そうそう、女の子はこうじゃないとな。
しかしこの距離感、まるで昔みたいだな…って何だこれ?
「俺にはピンボケた写真にしか…見えないんだが?」
まるで曇りガラスの向こう側って感じで、色とシルエットくらいしかわからないぞ。
そういえばこいつ、こういうとこあったよな。
「やだ。ほんとですか? あ、ほらこれ」
そう言って目の前でスワイプしてきた。
近いって! ムラムラするだろ!
「ちゃんと見てくださいよ。綺麗でしょう?」
「お、おお…これは綺麗な水墨画で…描かれた…襖みたいで…つい最近見たこと…あるような…? ってゆゆ、指が離れないんだが!?」
画面いっぱいに例の襖が! 指が! くっ付いて取れない!
ぐぉぉぉぉおおお!!
「もぉ、そんなわけないじゃないですか…ってあら? 変ですね? スワイプしたらいいのではないでしょうか」
「スワイプしたくないんだよ!」
一瞬映る暗闇が! 襖開けるみたいで怖いんだよ!
近くに紬は!? いない!
近くに春日は! いない!?
なんでだよっ!
つまりこいつが第三の巫女かっ!?
まさかTSが使徒みたいに何人も出てくるんじゃないよなっ?! あいつら仕切りにアダムアダム言ってたし世界終わるとか言うから不安になるだろ!!
俺はぶっかけ君じゃねーんだよ!
「むしろぶっかけられたんだよッ!」
「ぶっかけ? おうどんですか? そういう神社ありますもんね。でもここはなかったです」
「そ、そっか。それは残念だったな」
こいつが天然で助かった! だがこいつはおそらく窓に映る燃え盛る紅葉のようなパターンオレンジ!
巫女だ!
その天然性ゆえに本人気づいてないパターンかもしれないし、変態性向も気にはなるがこいつもBLの国の使徒かもしれん!
とりあえず逃げねば…って足が動かない!? やはりこのスマホのせいか!?
って違う! こいつ俺の足踏んでる!?
それは気づけよ!
それ俺もか!
「お、おい千秋楽! 踏んでる! 足踏んでるから!」
「そういえば昔から機械苦手ですもんねぇ。知らないなら知らないって言ってくださいよ」
それお前だろ! 何回人のゲーム機潰してきたんだ! 惚れた弱みで何も言えなかっただろ!
「ふふ。いいですか? ほらスワイプはこうやって横にシャッと」
「あ!? 指動かさないで! シャっとしないで! 要らないから! 馬鹿ぁ! またエントリーしちゃう! やめ! やめてぇぇぇ!!」
そして画面は見覚えのある部屋の写真にゆっくりと遷移し、俺の意識は闇に飲まれたのだった。
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