やっぱり要らないじゃない。
俺たちには三分以内にやらなければならないことが今回はなかった。
壁には「おせっせしないと絶対に出られない部屋リミテッド2」と書かれていた。
つまり…つまりどういうことだ?
「…どうすんのよ」
不安そうな声でそう言ってくるのは同じクラスの春日井春日だ。切れ長の瞳にすっと通る鼻筋に薄い唇。人を虜にするような容姿とイケメンな声色を持つ、俺がかつて恋した風紀委員長様だった。
「どうもこうも…するしかないだろ?」
「…そうよね…はぁ…」
しかし、何故俺たちがこんな目に遭わねばならんのだ。
けしからん。
ほんとにまっことけしからん。
◆
秋の気配を感じる今日この頃。
放課後、俺は家の近くの公園に立ち寄って昨日のことを冷静に考えていた。
一人になりたかったのもある。
紬がいつにも増してウザかったのもあるし、ザワリとした形容し難い胸の騒めきを言語化したくなかったし、それよりも気になることがあったのだ。
「俺は本当に童貞じゃなくなったのかわからない件」
そんな言葉がつい口から出てくるのは仕方ないだろう。
何せ紬が女になったのだ。
俺の女って意味じゃないが、あの扉を潜った先の部屋はおそらく神域だったのだと思う。
考えてみれば、あんなにギンギンだったのもおかしい。何かしら誘導を受けていたような気すらする。
あれはつまり肉体から離れ、精神だけが囚われていたんじゃないか?
だって目が覚めた時は服を着ていて、そして二人とも教室に倒れていたし、掃除を終えた時刻のままだった。
『か、勘違いすんなよな! 世界救ったっただけだし! 本気出してないし! じゃあな!』
『健ちゃん?! 待って! 速いよぉ!』
『早い言うなボケェェ!!』
『一緒に帰ろうよぉ!!』
……そうだ。俺は普段あんなに早くない。おそらく剥き出しの精神体ゆえに超絶敏感だったのだ。
きっと、多分。絶対。
「はぁ……」
「何よそのため息」
そう声をかけてきたのは前髪を七三でぴしりと横に流し、黒髪ポニーテールがアイコンの切れ長美人の春日井春日。
俺がかつて恋した女の子だった。
「何もねーよ…」
「そんなわけないでしょ。アンタがため息なんて似合わないことするのは珍し過ぎでしょ」
「失礼過ぎだろ」
「冬月君と何かあったの?」
「な、なんもねーよ!」
「ふぅん? それは何かあったと見るべきよね。まあアンタのことなんて興味ないけど」
「酷くね?」
でもやっぱり紬か…そうだよな。紬は童貞狙ってたなんて言ってたけど、それはあり得ない。
だって彼女は紬が好きなんだから。
…うん…? あれ…?
つまり俺はこいつから寝取ってしまったんじゃ…?
違う違う違う!
やっぱり俺はあいつとはチョメチョメなんてしてねーよ!
「てかチョメチョメって何だよッ!」
「きゃっ!? 急にびっくりさせないでよ!」
「すまん…」
そうだ。あれは放課後だったが白昼夢って奴だ。これはアレだ。ちんこばっかに繋げる心理学者とかのせいだ。絶対そうだ。
「ほんとアンタって昔からそういうとこあるわよね。検索上位サイトのコンテンツくらい口から妄想はみ出すの直した方がいいわよ」
「わかりにくい例えはやめろ」
コンテンツがはみ出してんのは検索一位の証だろうが、そこまで俺ははみ出してはいない。いないはずだ。
そう文句を言おうと春日井を見ると、彼女はどこかを指差していた。
「何よあれ…」
「…な…!」
また扉だ。
デザインも同じやつだ。
それが砂場にまるでブッ刺したかのようにして立っていた。
幸い公園には人がいない。
紬もいない。
なんでだよ!
そうして目線を扉に戻すと、いつの間にか春日井が開けようとしていた。
「おおいッ!! 待て春日井! それはダメだ!」
「健太郎…やっぱりこれはアンタのイタズラだったのね! 早く片付けなさい!」
「え? あ、はい」
良かったような結構残念なような気もするが、とりあえずどこかに移動させなきゃな。
もし母子とかが入ったなら要らない心労が溜まりそうだ。
それにしても何でまたこれが…。
「ぐぬ?!」
おっもっ!? いや重いって言うかびくともしないぞ…? これは神性を帯びているせいか…?
「ちょっと…何遊んでるのよ」
「いや、そうじゃねーよ。動かないんだって」
「こんな襖の一枚や二枚、男が何言って…って何よこれ! 健太郎! 何なのこれ!」
「いや、俺にわかるわけないだろ」
「そうよね…」
「すぐ諦めんなよ。もっといつもみたいにぐいぐい来てくれよ」
「面倒くさいわね、アンタ」
しかし、また紬の奴か…いや、これで証明された。やはり俺はあいつを攻略していない。
まだ扉があるなら穢れてはいないという意味だろう。
おかしいと思ってたんだ。今日に限って超絶可愛く見え過ぎていたしな。
つまりあいつの神性はまだ奪われていないんだ。
よし…よぉっし!
まあ、犬に噛まれたとでも思っておこう。
あれ? 神様は…結局どうなったんだ?
あれで納得したのか?
それはそれで腑に落ちないのだが。
「あら? これ変な部屋に繋がってるわよ? 不思議ね…これは検証しないといけないわっ!」
「…え? あ! おまっ! それダメだって!」
◆
そうして俺たちは窓も出口もない「おせっせしないと絶対に出られない部屋リミテッド2」に囚われたのだ。
タイトルはあるが、タイマーが今回はない。
いい。いいぞ。
いや良くはないが、例え白昼夢であっても別にいい。
何せ春日井はれっきとした女の子だ。
少し顔を赤らめてるのもいいじゃないか!
「こんな時だから言うけど、アタシ、あんたのお尻は好きなのよ」
「いきなり何の話だよ」
「アンタの唯一カッコいいところじゃない?」
「酷すぎだろ。もっと探せよ」
「ふふ」
なんか…いつもと違って変、だな? そういえば…2はともかく、タイマーが無いのにリミテッドってのはおかしくないか?
リミテッド、リミテッド…まさかあの紬のTSのことじゃない…よな?
「実は私ね、昨日、神社にお願いに行ったのよ」
「ふーん……えっ?」
「まあ聞きなさいよ。あることをお参りしたんだけどね、たまたま地域の会合だったらしくてね」
「神様のかッ!?」
「あら。健太郎の癖によく知ってるわね。そうなのよ。多様性多様性って最近うるさいじゃな──」
「言わなくていいッ!」
「きゃっ!? もぉ! 何なのよ!」
くそっ! こいつもおそらく巫女だ!
つまりなんだ!? こいつは何を願ったんだ!?
「何を願ったんだよ…?」
「昔からあの穴って何なのか知りたくてね」
「穴…? 何の穴か聞いていいか?」
「やおいに決まってるじゃない。アンタ馬鹿ぁ? あんなに鳴いてるんだもん。気になるじゃない?」
「やおい…? 宇宙人のやつか?」
「なんでよ。違うわよ」
「なら一応聞くが何の話だ」
「もちろんBLよ? 決まってるじゃない」
「キマッてんのはおまえの目だ!」
なんで今にも飛び出そうなくらい血走ってんだよ! よく見りゃガンギマリじゃねーか!
なんなんだ!? 興奮してんのか?
だが、BLはわかるがやおいは? 穴ってなんだ? 矢追何とかとかキャトル何とかしか浮かばねーぞ!
「ふふ。何焦ってんのよ」
ジリジリとにじり寄って来るが、なんだこの嫌な予感は!!
ああ?! こいつのスカートを徐々に押し上げる何かがその嫌な予感を後押ししてるんだが!?
つまりこいつもTSっ子か!?
じゃあおっぱいは!?
「…お前のおっぱいなくなってないか?」
「不思議よね」
「せめて残せよ! 残してくれよ!」
「何言ってんのよ。リアリティがないじゃない」
「お前が何言ってんだよ!」
思い出をまぶたに焼きつかせてくれよ!
いや、待て。顔は可愛いんだ。
現実の紬と同じだと思えばいいじゃ…ってダメじゃん!
やっぱり扉開いちゃうじゃねーかッ!
「無いモノがあるなんて何か不思議よね…ああ、アンタも確認した方がいいんじゃない?」
「え?」
嘘…嘘だろ!?
俺に鍵穴がっ!?
これがやおい穴…!?
「具体的にはちんこのすぐ裏に──」
「デリカシーないわね」
「うるせー!」
そんな扉開きたくないんだよ! 俺は!
いや、まだだ!
こいつにも不思議な穴があるはずだッ!
それ見せろやボケェェ!!
「甘いわね」
「ぐっ!?」
こいつなんて力だ! これが巫女パワーというやつか!?
「何よ。今更抵抗してんじゃないわよ」
「するだろ! 馬鹿か! ぐぉぉぉおッ!!」
「情け無いわね。それでも男なの?」
「それ今のお前が言ってんじゃねーよ!」
お前も今は男だろ!
「さぁあなたも多様性の扉を開けるのよ!」
「否定はしてねーよ! 俺は女の子が好きなだけだ!」
「私でいいじゃない!」
「だから今はちげーだろうが!」
「仕方ないわね。この部屋から無事に出られたら考えてあげなくもないわ」
「…なぬっ…?」
それつまりそういう事か?
いや、騙されてたまるか!
「俺は騙されないぞ!」
「小さい男ね」
「小さくねーわ! いろいろ小さくないからな! 本当だからな!」
「な、なんなのよ…まあいいわ。でもこのままだと天変地異が起きるわよ?」
「またかよ!」
「そうなのよ。アンタのそのお股のやおい穴を埋めないとそこから神様が出てくるわ」
「なんでだよ! てか神様穢れるだろ!! 馬鹿か!」
「わかってないようね! あれは公家が勝手に決めたものよ? この国の民は元から狩猟民族なのよ! さぁこれは神事よ! 冬眠したガマガエルみたいに大人しくアタシに射られなさい!」
「射られてたまるか!」
あと何言ってるかわかんねーよ!
「健太郎、よく考えなさい。やおい穴のない世界なんて要らないと思わない?」
「要るわ! 馬鹿か! お前馬鹿か! つーか俺を巻き込んでんじゃねーよ!」
「だってアンタ世界救いたいってなんか変なノートに書いてたじゃない!」
「お前もか! 紬だな! あの野郎ッ!」
「ここを出てから冬月君にお仕置きね! 私にも声を掛けなさいよ!」
「何言ってんだお前ッ!」
紬はシャレにならないんだよ!
「ほんと意気地がないわね」
「そういう問題じゃない!」
そんな扉開けたく無いって言ってんだよ! 俺は!
「まあ、アンタには無理だろうなって予想はしてたけどね…だけど! だけどたとえこの世界が終わろうとも! 新世紀のアダムとアダムになって世の中ぶいぶい変えるわよ!」
「だからアダムしかいねーじゃねーか! お前もいろいろ謝れ!」
「もぉ、いちいちうるさいわね。仕方ないわね。なら手と口でしてあげよっか…?」
「なっ?! そ、それは……んん? それは…」
どうなるんだ…?
顔は変わってないからこれはこれでアリなんじゃ…いやいやいや! さっき否定しただろ! 騙されるな! これは罠だ! 俺のディフェンスラインが下がってしまう!
「さあ、選びなさい! オプ付きか滅亡か!」
「悩むだろッッ!!!」
「アンタ最低ね。「お前だろ!」まあいいわ。早く脱ぎなさい。アンタのターン、一分で終わらせてあげる」
「は、はぁ!? んなことしねーし! そんな早くねーし!」
「そう言いながら脱いでるじゃない…。へぇ…ふーん? 「なんだよ」別にぃ」
つーかこいつあんな真面目そうだったのに清楚ビッチってやつだったのか…ってデカくね?! お前のお前デカくね!?
「さぁ神の使いであるこのTS巫女、ハルヒ様より小さい「…」健太郎の健太ちゃんを差し出しなさい! この私が仕方ないから世界を救ってあげるわ! これがほぉんほのみほぉふり──」
「はぁぁぁん♡」
そして俺は、わずか十秒で昇天し、それからたっぷり二時間もかけられて世界を救ったのだった。
◆
「かわいい鳴き声だったわ」
「……」
あの部屋から出た後の春日の春日が、在るのか無いのかはまだわからないが、俺の今までの価値観が音を出して崩れたのは確かだった。
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