俺、世界を最速で救ったった。

墨色

やっぱり要らなかったよね。

 俺たちには三分以内にやらなければならないことがあった。


 壁には「おせっせしないと絶対に出られない部屋リミテッド」と書かれていた。


 つまりそういうことだ。



「…どうしよっか」



 可愛い声でそう言ってくるのは同じクラスの冬月紬だ。大きな瞳に愛らしい唇、人を虜にするような容姿と脳を甘く揺する声色を持つ、俺の幼馴染だった。



「どうもこうもあるか。するわけないだろ」



 しかし、何故俺たちがこんな目に遭わねばならんのだ。





 秋の気配を感じる今日この頃。


 放課後、掃除を終えた俺たち二人の前に突然現れたのは、教室にはとても似合わない扉だった。



「なんだこれ…」


「ね、ねぇ、健ちゃん、これって何かな…?」



 紬が不安そうに聞いてきたが、俺にもわからない。ただ、扉というか襖みたいな、襖風のドアだった。



「いや、俺にわかるわけないだろ」


「そうだよね…」


「すぐ諦めんなよ。もっといつもみたいにぐいぐい来いよ」


「うわ、面倒くさっ」



 しかし、なんか…昭和の建物なんかにありそうだな? 普通こういうのは洋風の方がよくないか? でも突然扉か…。



「もしかして…異世界か?」


「はぁ……。健ちゃんさぁ。前から言おうと思ってたけど、高校生にもなって厨二とか…あだっ!? もぉ! 叩くとかひどぉい! 髪型崩れるじゃん!」


「黙れ。俺は真剣だ」


「あははは。異世界とかないない。誰かのイタズラだよ、きっと」


「イタズラってレベルじゃ…あ、おおい! 紬! まて!」





 そうして俺たちは窓も出口もない「おせっせしないと絶対に出られない部屋リミテッド」に囚われたのだ。


 リミテッドとは、おそらくタイムリミットという意味だろう。


 目の前の壁にそのタイトルとともに赤く映るタイマーがそれを示していた。


 あと残り三分、か。



「でもしたら出られるんだよ?」


「迂闊なこと言うんじゃねーよ」



 多くの人は紬に魅了されちまうが、俺は違う。するしない以前に、俺はこいつを恨んでいるのだ。


 こいつが俺に昔からベタベタするせいで、今までことごとく恋に失敗してきたのだ。


 朗らかに笑う笑顔がキュートなクラス委員長も、厳しくも優しい風紀委員長も、丁寧な所作が魅力的な美化委員長も──



「いや委員長多すぎだろッ!」


「うわ! びっくりしたぁ! いきなり何? 委員長って…ああ、健ちゃんって昔からほんと権力とか権威にクソ雑魚弱いよね」


「言い方」


「まあ、あんなメス豚どもと付き合わなくて良かったよ。絶対健ちゃんの童貞狙ってたし」


「お前、俺が惚れた相手をメス豚とか言うな」


 

 それに童貞とかこの部屋で言うな。


 意識しちゃうだろ。


 でもそうなのか?


 つまりお前がやっぱり意図的に邪魔をしていたのだと告白してるようなものなんだが?



「このまま二人、閉じ込められたらそれはそれで楽しみかも! 健ちゃんと一緒ならボク怖くないし!」


「紬…」



 お前…手が震えて…いや、俺は騙されない。


 紬はここに来てからずっとこの世界が終わるのかもとか次元の狭間に消えちゃうんだとか仕切りに不安を煽ってきたが、こんな部屋、絶対にイタズラだと思ってる。


 実際今までも散々こいつにしてやられてきたのだ。


 人は一度疑いの芽を出せば枯れることは決してない。


 だからこそ無いと思わせてからのドッキリだとしか思えない。


 具体的には紬のケツにぶち込んだ瞬間のネタバレが予想される。


 おそらく誰か覗いているのだろう。


 だいたい「リミテッド」とついているのも、『絶対」とあるのも怪しい。心理学で言うところのザイアンス効果とかカリギュラ効果とか狙っているのだろうが、騙され続けた俺には通用しない。



「…健ちゃん。残り二分だけどさ。手、繋いでてもいい、かな…?」


「お、おう…なんか今日はお手柔らかいな」


「何その言い方…まあ、そうだよね。今まで酷いこと言ったり揶揄ったりしてごめんなさい」



 酷いとは思わなかったがな。


 ただ、揶揄うなんてレベルのイタズラではなかったと思うが、まあいい。



「そういうのやめろよ。ほら手、貸せ」


「あ、ありがと。でも懐かしいな。よくボクの手握ってくれたよね…」


「お前、弱っちかったもんな」


「ひどぉい! …でも健ちゃんいっつも庇ってくれてさー。嬉しかったなー」


「…忘れたよ、そんなこと」


「だから来世ではボクが守るよ」


「なんだ。この部屋で俺らの人生終わるみたいな言い方だな。ははは」



 すると紬は顔を伏せた。


 はいはい、演技演技。


 それで何回俺を騙してきたと思ってやがる。



「…実は…そうなんだ」


「何…?」


「昨日…おせっせに明るい神社に行って頼んできたんだよ。幼馴染の健ちゃんとズコバコしたいって」


「言い方」



 それに明るい神社って何だよ。というかナニ頼んでやがる。



「そしたらさ、たまたま地域の会合だったらしくてさ」


「会合…? 神様のか? いや10月は…」


「そう、神議かみはかりは11月だからね。その前に昨今の多様性についての議論が白熱してたんだよ」


「なんでだよ」


「昔から随分と多様性に勤しんできた神様達も困惑しててさ。大黒様とか毘沙門天様とかさ。金比羅様なんて軍神でしょ? 火を吹いて超怖かったよ」


「多様性って…インドの神様と合体したからか…? 数も億超えだからいろんな考えがあるのか? 知らんけど」


「そうなんだよ。億り人がFIREしてたんだよ。健ちゃん」


「使い方がいろいろちげーよ」


「性どころか神性が超合体してるわけじゃない? 国も超えてさ。だから今さら多様性多様性って言われても神様超困るって」


「いや確かに困るだろうが、ドッキングしたの概念だろ」


「概念だからこそだよ。だから現世で何か起きてるんだろうって。そうしてボクが巫女として選ばれたんだよ」


「なんでだよ。いろいろおかしいだろ。おい待て。つまりあと一分半で──」


「神降ろしだね。ワクワクするよね、天変地異」


「しねーよ! つまり何か? この部屋はお前が原因ってことか?」



 そしてタイマーは世界が終わるまでのタイムリミットってことか?



「そうなんだ。実はボクがラスボスなんだよ。だって健ちゃんとボクが結ばれない世界なんて要らなくない?」


「要るわ! 馬鹿か! お前馬鹿か! なんで世界とお前を俺に選ばせるんだよ!」


「だって健ちゃん世界救いたいってなんか変なノートに書いてたじゃん」


「お、お前見たのか!? 俺の黒歴史を!?」



 というか変なノート言うなし。違うし。



「えへへ…ごめんね。ああ、もうすぐ扉が開くよ。これは神様をほったらかしにしてはしゃいだ人々への罰さ。でもその前に健ちゃんと違う扉を二人で開けたいなって。ノッキンヘブンズドアーしたいなって。だからいいでしょ?」


「な、何言ってんだ」


「もぉ、意気地なし」



 そういう問題じゃない!


 お前男だろうがッ!


 そんな扉開けたく無いんだよ! 俺は!



「まあ、健ちゃんには無理だろうなって予想はしてたけどね…でもたとえこの世界が終わろうとも、新世紀の違うタイプのアダムとイブになって世の中ぶいぶい変えていこうよ」


「アダムしかいねーじゃねーか! お前いろいろ謝れ!」


「くすくす。大丈夫だよ。ボク、巫女って言ったでしょ?」


「…何…? お、お前なんで脱ぐんだよ! ついにイカれ…!? はぁっ?! な、なんで…なんでちんこ無いんだよ!? ああ、オッパイも無いのか…はぁ、しけてんな…いでっ!?」


「もぉ! デリカシーないんだから!」


「す、すまん…気が動転してて…でも、TSとかマジかよ…」


「さあ、ここに鍵穴はあるんだよ?「だから言い方」ここを健ちゃんの小さな小さな鍵で「ぶっ殺すぞ」奥をグリングリン掻き回さないと神様降りて世界が破滅しちゃうんだよ?」


「お、お前…それ…そ、それならなんで早く言わねーんだよ!」



 なんでお前が男なんだって何万回思ってたと思ってんだッ!


 最初っからギンギンだったんだぞ俺は!


 24時間も何してたんだよッ!


 この部屋楽園だったんじゃねーかっ!!


 あと小さくねーわ!



「だってさぁ。やっぱり健ちゃんから言って欲しかったしさぁ…。神様も残り三分ならって…でも健ちゃんって一分でも充分だよね?」


「は、はぁ!? な、何言ってんだよ! そそそんな早くねーし!」


「ふーん? でもボクは気にしないよ? 嬉しいし……さ、さぁ! 権力とか権威が好きなダメダメ健ちゃん! 神様の使いであるこのボクっ子TS巫女、ツムギちゃんに健ちゃんの健ちゃんを擦り付けて世界を救ってどーぞ? これがほんとのみこすり──きゃっ!」


「言わせねーよッ! くそがっ!」


「はぁぁぁん♡」



 そして俺は、三分どころかわずか十秒で世界を救ったのだった。





「健ちゃん、またチョメチョメしようね」


「……」



 あの部屋から出た後の紬の紬が、在るのか無いのかはまだわからないが、俺はもう自分では止められない気がしてならなかった。

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