液体があるのです。

くま既知

第1話 湿度と液体。帰宅時の背後の音。

仮谷京子はOL歴5年で都内で一人暮らしである。

彼女は最近別れた彼氏のことで頭に来ていてつい仕事でミスをしてしまった。


その為に残業をして最終の電車で帰宅するためなったのである。


駅のホームにはほぼ誰もいなかった、駅員も彼女が通ったらシャッターを閉め始めた。

今は初夏、東京の夏は他の地域の夏とは違う、コンクリートで固められて室外機が満載の空間では暑さの厚みが違う。


彼女はここから引っ越したかったが今の給料ではこれ以上会社の近くに引っ越すには余裕がない。


駅からマンションまで途中にコンビニがなく、自動販売機の明かりが夜を灯している。


歩いて五分ほどの場所に彼女の帰る家があるのだがなぜか今日に限って時間を感じる。そんな気がした。


じめっとする感じ、そして先ほどからする後ろからのぴちゃ、ぴちゃ、という音。


振り返るのが怖いから急いでいるのだがなぜか時間の感覚が長い。


彼女はうなじに汗をかきながらとにかく速足で急いだ。明日からは連休だから家でのんびりしたい。誰とも約束はないし。


帰宅したら冷蔵庫にビールがある。その為に急いでいる。


ふと、音が止まった。


彼女はもう我慢が出来ずに振り返った。


何もない、誰もいない。


安心して帰路につく。


家についた、三階建てマンションの二階、ドアを開けて入り、ヒールを脱いでリビングに倒れこむようにして休む。

すぐにエアコンの冷房はつけた。


3分ほど固まってから、化粧を落とさないと、と思い洗面台で作業をする。


すっぴんになり、リビングに戻ると部屋の隅に水が溜まっている。


エアコンの室外機の所ではない。関係ない場所だ。


恐る恐るその水を触ってみる。触れた指を鼻にもっていく、臭い。この周辺にはない海の臭いがする。


彼女は海に囲まれた離島で育った、水に違和感はあったが懐かしくもあった。あの時の気持ちからなんで今はこんな土地で仕事をしてるんだろうと考えこむ。


ぴちゃ、足音のようにすぐ後ろで聞こえた、「ぎゃっ!」

叫んで振り返る。


そこには水の塊とも思える人型の形態のものがいた。


「な、何よ、これ・・・。」


水の塊は形状が固まらないで彼女の側にただ、いる。


ふと思い出した、彼氏の浮気で別れたのだがその男は別の女と沖縄に旅行に行っていたのを。


その証拠の貝殻を彼女は彼氏のカバンから見つけて問い詰めたのだ。


水の塊の中心にその貝殻があった。


ふと、どこからか汽笛のような音がする。この塊は襲っては来ないようだ。段々冷静になってくる。


汽笛のような音はこの水の塊の中央から聞こえてくるのだ。


なんだかそれは悲しげな感じに見える。


京子はふと、語りかけた。

「どうしたの?海に帰りたいの?あたしも、かもね。明日から連休か。沖縄行くか。」


水の塊は一瞬で水が消えて貝殻だけになった。その貝殻は乾いている。


貝殻を持ち上げて京子は考え込むのであった。


次の日、京子は羽田から飛行機で沖縄へ向かった。ネット時代だからチケットも宿も夜中でも取れる。


沖縄は暑かったが奄美大島育ちの京子にとっては懐かしかった。


国際通りを歩いてサーロインの肉の串を食べながら、宿へと向かった。


その途中、辻という風俗街の近くの海であの貝殻を海に返してやった。


ふと、肩の荷が下りた気がして宿についたら早々にオリオンビールを飲みにキャンプシュワブに向かった。


とにかく観光客が多かったが独り身でも気にせずに飲めるのは楽だ。


自分の容姿がそれほど魅力的でないことを知っていたが、本人が思うほど悪いものではないのだ。彼女には笑顔が足りなかった。


ふと、京子は琉球音楽が聴こえてきてそちらに目をやった。


うら若き女性が奇麗な声で歌を奏でていた。


ふと、京子は涙が出るのを感じた。


あたし、疲れてるんだな。そう思っておかわりをするときに意識的に笑顔を作ってみた。

無理な笑顔であったが店員の女の子は笑い返してくれた。


その晩は安心した気持ちでぐっすり眠れた。


その頃、元彼は今側にいる女に包丁で滅多刺しにされていた。三股四股がばれて女は悔しくて男の胸元に包丁をとにかく突き刺していた。何度も。


京子は一泊二日の旅を終えて、帰りの飛行機の中でスマホで元彼が、殺されたことを知った。


「ざまあみろ。」


彼女は自然と笑顔になった。


飛行機はゆっくりと東京へ向かって行った。雨が降りそうだ。

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