第24話 完全勝利!
山なりの軌道で飛んできた矢を、敵兵たちは盾をあげて防ぐ。
機先を制された格好だけど、まだ距離があるから致命的な一撃にはならない。
まずはこれを防ぎきって次の手を考えようって感じかな。
でも、そんな時間をルーベラ子爵は与えなかった。
あげていた盾をおろしたとき、敵兵の目に映ったのは至近距離まで接近した騎兵隊だろう。
ちょっと表現しようがない音が響き、人間がはじけ飛ぶ。
「うわ……」
「実際に戦場を見るのは初めてだけど、これはなかなかね……」
扇子で口元を隠したイヴォンヌの呟きである。
心の底から私は頷いた。
距離があるから臭いまでは届かないけど、吹き上がる血しぶきや千切れ飛んだ手足がはっきり見える。
これで気分は上々って感じには、なかなかなれないだろう。
なんで兵士のみんなは平気なんだ?
正直、ちょっと吐きそう。
「戦場とは絵物語の対極にあるものだ。だからこそ騎士マルグリットには憶えておいてもらいたい。兵は不祥の器なのだと」
「……肝に命じます」
馬を寄せてきたルーベラ子爵に私は深く頷いた。
不祥の器、つまり不吉な、ない方が良い道具ってこと。
そりゃあ暴力機構だもんね。
でも国を維持するために軍事力は必要で、なくすることはできない。
「ようするに必要悪ってことよね」
「はい。イヴォンヌ」
軍隊がなくなれば、ならず者が徒党を組んで襲いかかってきても対抗することすらできないからね。
力ってのは必要なんだ。
でも、それは簡単に悲劇を生んじゃう。
現在進行形でトゥルーン王国軍に蹂躙され、殺されていってる敵兵たちだって、国に帰れば家族がいるだろう。
好きでこんな任務に従事していたわけでもない。
だけど私たちにとっては敵だ。近隣の村人たちにとっても子供や奥さんを人質に取った、とうてい許せない連中である。
彼らにも家族がいるんだから、なんて都合の良い言葉で許すことはできない。
「戦略の面からもね」
とは、私の思考の軌跡を読んだのか、イヴォンヌの言葉だ。
ランドールの策略かルメキアの謀略かは判らない。ランドールの剣を使っているからランドール軍だって考えるのは、ちょっと短絡的すぎるだろう。けど、ここで彼らが全滅してしまえば、本国がそれを知るまで時間がかかる。
起こるはずだった反乱を未然に防ぐことによって、トゥルーンが戦争に負ける可能性はぐっと減るはずなんだ。
「もしかしたら、攻めてこなくなるかもしれないですし」
「そういうのをフラグってうのよ」
「だから、フラグってなんですか?」
冗談めかしたイヴォンヌに小さく笑いながら、敵兵の最後の一人が倒されるのを私は目に焼き付けていた。
敵兵の数は八十七人だった。
生き残りがいないことは、人質になっていた女性や子供の証言とあわせて確認された。完全に全滅である。
ただ、身元が分かるようなものは、なにひとつ持っていなかった。
ランドールの剣を除いてね。
「つまり、ルメキアの企みってことですよね」
「普通はそう疑うわよね」
うーむとイヴォンヌが腕を組む。
伯爵令嬢とは思えないワイルドなポーズだ。なんか最近、イヴォンヌは私の前で女性らしく振る舞わない傾向がある。
それだけ気を許しているからってことなんだろうけどね。
私の前では良いんだけど、ロベールの前にでは気を遣った方が良いと思うよ? 婚約者なんだから。
ともあれ、ランドールの剣を持っていたからランドールの兵だって考えるのは、さすがに短絡的すぎるというか、罠を疑うのが当たり前だ。
ルメキアがランドールに罪を着せるために仕込んだと考えた方が、むしろしっくりくるだろう。
「そうなのよね……」
「保留付きです?」
「私のいた世界でね」
顔を寄せて小声で話す。さすがに他の人に異世界云々って話はきかせられないんだけど、ちょっと近すぎる。
ドキドキしちゃうって。
私には、嘘の恋人がいるんだから。
「ある組織からの被害者救済をしていた義士がいたのだけれどね。ある日その人は姿を消したの。家族ともどもね。そして家には組織のエムブレムが落ちていた」
「つまり、始末して組織に罪を着せようとしたってことですか……」
「組織のスポークスマンはそう主張したし、多くの人がそれを信じたわ。あまりにもわかりやすい手だってね」
「違ったんですか?」
「ええ。犯行はやっぱり組織がおこなった。落ちていたエムブレムは単なるミスだったのよ」
軽く肩をすくめる。
犯罪者だって当たり前のようにミスを犯す。無謬なわけがない。
「ということは、ランドールの仕業に見せかけようとしたルメキアの仕業、と見せかけてじつはランドールの仕業ってことですか?」
自分で言っていて混乱してきた。
つまりどういうことなんだ?
ランドールの仕業かもしれない。ルメキアの仕業かもしれない。いくら考えても答えが出ない気がする。
「まさにそう思わせるための罠ね。思考的な罠」
罠があるって思わせるだけで、判断力の何割かを奪うことができるんだそうだ。
悪辣だなぁ。
「だからわたくしたちは相手の思惑なんか気にしない。慰問先でたまたま起きた野盗事件を解決しただけ。予定通り王都コーヴに帰るわ」
相手に考えを巡らせる順番を譲ってあげるんだそうだ。
私たちが策略に気づいたのか気づいていないのか。工作部隊は全滅したのか、それとも捕まったのか。
まあ、いろいろ考える余地はある。
「反乱を起こさせるって手が有効なのかどうか、考える時間もね」
うん。
この人も悪辣だ。
見えない相手と策略合戦してるんだもんなぁ。
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