第25話 マルグリットの不正規隊


 王都へと戻る私たちに同行を申し出る者がいた。

 リットをはじめとしたセムリナ近郊の若衆、十八名である。

 家臣にしてほしい、と。


 たしかに騎士家には家臣団がいる。私の実家だってそうだ。


 でも私個人は準騎士だし、どっちかっていうと名誉職だし、そんなことまったく考えてこなかった。

 今回の東部地区視察だって、イヴォンヌの家から人員が出てるし。


「考えてみたら筋としてはおかしいのよね」


 イヴォンヌも迂闊だったと笑っている。


 親友に力を貸すのは当然、という理屈は貴族社会では通らないからね。

 騎士マルグリットの公務を、どういう根拠でリーテカル伯爵家が手伝うのかって話になってしまう。


「よし。わたくしもメグの家臣になっちゃおう」

「いやいや。いやいやいやいや」


 わけのわからん申し出に、私は顔の前で両手を振る。

 あんた私よりずっと身分が上じゃないですか。


「上じゃないわよ。わたくし自身は無位無冠だもの」

「く……そうだった……」


 伯爵令嬢というのは公的な地位じゃない。


 敬われたり畏れられたりするのは、あくまでも後ろにある実家の存在だ。

 これはまあ、私たちみたいな騎士の娘って身分もそうなんだけどね。


 でも、いまの私は準騎士だから官位が存在する。

 宮廷序列でいうと下っ端も良いところで、伯爵の地位からみたらゴミみたいなもんなんだけど、それでも「貴族の娘」という曖昧な立場の人よりはずっとずっと上だ。


「わたしくがメグの家臣になっても、序列的にはまったく問題がないのよ。伯爵家がバックアップする口実も整うしね」


 なんという論理のアクロバット。

 でも明確な反論もできないので、私は頷くしかなかった。


「じゃあ家臣団の筆頭で、役職は軍師でお願いします」

「やった。ついに軍師の称号を得たぞ」


 喜んでる。

 なにが嬉しいのかまったく判らない。


 軍師とか参謀とか呼ばれる人って、どこの家臣団にもひとりはいると思うんだけど。


「イヴォンヌなら、王国軍の大軍師にでもなれそうですけど」

「は」


 すっごい鼻で笑ってる。

 ソーソーに招かれるより、リュービに三回訪ねてもらった方が嬉しいじゃない、と。


 また判らないネタをぶん回すし。

 そもそも私、軍師になってくれって頼んでないじゃん。

 押しかけ軍師じゃん。


「なによメグ? わたくしはいらないの?」

「そんわけないじゃないですか。イヴォンヌが軍師になってくれるなら、こんなに心強いことはありませんよ」


 なにしろ私に政治的な判断なんてできないし、軍事に関しても騎士の娘として多少は教育されてるけど、素人に毛が生えたってレベルだしね。


「頼りにしてます」

「頼りにされましょう」


 私が差し出した右手を、イヴォンヌが力強く握り返した。






 そして数日かけて王都に帰ったら、私たちの活躍はとっくにサーガになって吟遊詩人たちに歌われていた。


 それによるとー。

 村を救うために、私とイヴォンヌがたった二人で山賊と戦うらしいよ。


 すごいね、事実をかすりもしてない。

 私もイヴォンヌも、敵兵の一人すら倒してないって。


 ただ馬上から見ていただけ。指示だってルーベラ子爵が出していたんだしね。


 んで、山賊たちの数が多くて私たちはピンチに陥ってしまう。

 当たり前じゃん。

 そんなん、火を見るより明らかじゃん。


 たった二人で山賊のアジトに出かけていった、マルグリットとイヴォンヌとかいう娘は、ふつうに馬鹿すぎる。


 けど、ピンチに味方が颯爽と登場するのが物語の定番だ。

 この話でも登場する。


 リットを中心とした村人、十八人。

 農具を剣に持ち替え、駆けつけるのだ。


「我らの命は騎士の中の騎士マルグリットに捧げたもう! いかようにも使い捨てください!」


 とね。

 それに対して私は微笑して応えるんだって。


「勝て。そして生き残れ」


 格好いいねー。

 そんなセリフ、たぶん生まれてから一度も言ったことないんだけどねー。


 タイトルは『十七人の不正規軍イレギュラーズ』。

 どっちかっていうと、私とイヴォンヌは脇役でリットたちの活躍がメインのストーリーラインだね。


「イヴォンヌは、もうちょっと活躍したかったんじゃないですか?」

「いいのよ。それは『大軍師と三顧の礼』で描くから」


 くすくすと笑うイヴォンヌ。

 お察しの通り、このサーガの骨子を作ったのは彼女だ。


 それを早馬に乗せて伝播させたのである。

 もちろん、リットたちが私の家臣になるってのを喧伝するためにね。


 噂が先に一人歩きしてしまえば、平民風情で家臣団を形成するとは! なーんてお小言を封じられるからね。


 いまトゥルーン王国で最も目立っている騎士が、不本意ながら私だからさ。

 こうして武勲を立てた以上、自分のところの次男とか三男を家臣として送り込みたい騎士家があるだろうってイヴォンヌは予想したのだ。


 それをいちいち断るのも角が立つから、もう家臣団は十九人もいてさらに雇う余裕はないよって体裁を整える。


 じつは余裕はたっぷりあるんだけどね。

 騎士家の次男を雇うより、平民を雇う方がずっと安くつくんだから。


 さらに伯爵家からのバックアップもあるし。


「盗賊退治の報奨金は、全部リットたちに分配しようと思うんですがどうでしょう?」

「良い考えよ、メグ。彼らの忠誠心をかっつり高めて、家臣団のコアを作りましょう」


 コアをしっかり固く作ることで、空中分解の可能性を消していくんだそうだ。


「たぶん、そんなの受け取れないって言ってくるから、一人ずつ手渡しするのよ。故郷の家族に美味しいものを食べさせてあげて、とか言いながらね」


「手作りお菓子も付けます?」

「それも良いアイデアだわ」


 きゃいきゃいと騒ぎながら歩く。

 王宮で報奨金を受け取った後の帰り道だ。


 伯爵家の別宅のひとつを、騎士マルグリットの本拠地にと借り受けたのである。

 基本的には私もイヴォンヌもリットたちも、この屋敷で寝泊まりする。


 そして戦闘訓練なども受けさせるのだ。

 いまのままじゃ、戦で役に立たないからね。

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