第23話 救出がメインですよ


 堂々とした進軍だ。


 子爵が指揮する郡都セムリナの精兵が五百と、中心部で芦毛の馬に乗った私。横には黒鹿毛の馬を操るイヴォンヌ。

 あと、一応私たちを守る護衛兵が十五人。


 なので、実際は五百人より少し多い。


 その後ろをぞろぞろと輜重隊が続く。

 糧食や物資などを運搬しているのだ。


 街門の外まで人が溢れ、声援で見送ってくれる。 


「いやはやすごい人気だな。騎士マルグリット」

「私ではなく、盗賊退治というお題目がまず良いのでしょうね」


 馬を寄せてきたルーベラ子爵に私は微笑する。

 この人、六十代なのに戦場に出るんだって。

 元気すぎるよね。


「なんの。儂らだけで退治に出かけてもこんなには盛り上がらん。騎士の中の騎士、庶民の味方たるマルグリットがいるから盛り上がるのだ」


 呵々大笑する。


 まあ、人気取りってのも私の仕事ではあるんだけどね。

 だから決戦場になるとモクされている名もない平原でも、私の出番はない。

 本陣で、目立つように馬を立てているだけ。


「ただし、敵兵がなだれ込んでくる可能性もないわけではない。油断するでないぞ。騎士マルグリット」

「はい。でも本当に野戦になるのでしょうか」


 頷きながらも、私は疑問に思ったことを口にする。


 洞窟に籠城か、平原で野戦か、とっとと逃げ出すか。

 この三つしか選択肢がないのだと聞かされている。人質を盾にして交渉を迫るって可能性はないんだそうだ。


 というのも、人質に価値があるのは近隣の村に対してであって、王国正規軍ではないから。

 逆らったら人質を殺すぞってーなんて言ってるうちに、人質ごと射殺されちゃうのが関の山。


 無情なようだけど正規軍が動くってのはそういうことなんだ。

 だからこそイヴォンヌはリットたちに正規軍動くの報を喧伝させたのである。

 人質の価値をなくするためにね。


「価値がなくなった人質が殺される可能性があるから、すぐに進発したのよ」


 イヴォンヌが笑う。

 こうすれば絶対に人質は安全、という策はない。

 つねに命の危険にさらされているのだ。


 だから人質なんかにかまってられるかって状況にしてしまう。

 五百人、概算で五倍の軍勢が接近してるってときに、人質を殺してる余裕なんかない。


 戦うにしても逃げるにしても、やることがいくらでもあるから。


「籠城はないとイヴォンヌも読むんですね」

「意味がないからね。援軍なんて来るわけもないし、洞窟なんか防衛戦に向いてるわけもないし」


 鞍上で器用に肩をすくめる。

 守りやすく攻めにくいように造られた城ではない。


 入口からもくもくと煙を流し込んでやるだけで、勝手に全滅してしまうだろうって。


 うん。我が親友はえげつない手を考えるもんだね。

 だから敵が考えるのは野戦。

 それも勝つためじゃなくて、逃げるための戦いだ。


「全力で先頭をぶっ叩いて、こっちがびっくりした隙に逃げようって腹だと思うわよ」

「というより、そういう選択をさせるための情報工作なのだよ。騎士マルグリット」


 口々に悪役たちが説明してくれる。

 なんか気が合ってるよね。






 百人よりはちょっと多そうな感じだった。

 進発から三日目の朝に、私たちは決戦場の平原に布陣した。

 そこから遅れること半日、午後になってから敵が現れたのである。


「ふふ。遅いわね」

「こっちがはやいだけですよ。イヴォンヌ」


 近隣の村人たちから情報提供を受け最短ルートで移動してるんだもの。敵よりはやく到着して、有利な場所に布陣できるってもんだよ。

 人質を取って村人から憎まれてる盗賊団とは条件が違うよね。


「まあ、盗賊団ではないがな。やつらが装備しているのはランドールの剣だ」


 髭を撫でながらルーベラ子爵が言った。

 片刃の曲刀で、むちゃくちゃ切れ味が良いんだそうだ。


 でもすごく高いから、トゥルーン王国では制式装備にはなっていない。そんな高価な剣をそろえている盗賊団なんかいるもんか。


 服装は粗末だけど、構えもあきらかに素人じゃないしね。


 と、そのとき、工作部隊の背後で煙が上がる。

 狼煙だ。


「成功したようですね」


 思わず私は笑みを浮かべてしまう。

 ほとんどすべての工作は、このためにあったのである。


 敵を誘い出して、その隙に人質を救出する。ただそのためだけに正規軍を動かした。


 イヴォンヌの言葉を借りれば、敵をやっつける方法なんかいくらでもあるらしい。

 補給すらないんだから、ぶっちゃけ村人たちが物資を差し出さなくなっただけで詰んでしまうんだって。


 でも、そうすると人質も飢えてしまう。


 要求をのまない腹いせで殺されてしまうかもしれない。

 それをさせないために、人質の価値を消滅させた。


 裏で救出作戦が動いていると知っていたなら、拠点を捨てて逃げる以外の選択をとることだってできただろう。

 振り返り、何やらざわついている工作部隊。


「気づいたわね。でも、遅かった」

「戦闘開始!」


 イヴォンヌの呟きをかき消すように、ルーベラ子爵の声が轟く。


 目前で去就に迷う敵が落ち着くのを待ってやるほど、この元気な老人はお人好しではない。


 先頭の百名が一斉に乗騎に拍車を入れて突撃する。

 その後ろに歩兵隊が続き、さらに後衛の弓隊が矢を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る