第22話 決戦前夜


 さほど長くない会談の後、ルーベラ子爵は協力を確約してくれた。

 ランバードかルメキアの謀略だろうって見解には目を丸くしていたけどね。


「相手が意味不明な行動をとるというのは、こちらの想像を超える馬鹿なのか、なにか思惑があるのかどちらか。イヴォンヌ嬢は後者だと読むわけだな」

「子爵閣下は違いますの?」


「いいや、同じだよ。盗賊の被害としては規模が小さすぎることは儂も気になっていた」

「盗賊のやり口じゃあありませんわ。むしろ」


「新しい支配者が統治の初期段階でやりそうなこと、だろ」


 にやりと笑みを交わす伯爵令嬢と子爵。

 なんかこの人たちすっごく怖い。


 ともあれ、盗賊団の皮を被った工作部隊は、人質によって農民たちを縛っている。

 これは第一段階なんだってさ。


 ここからだんだん支配を深めていって、最終的には兵隊にしてしまう。

 イヴォンヌは洗脳マインドコントロールっていってたかな。


 それが反乱ってかたちで現れる。

 しかも反乱が鎮圧されちゃっても、黒幕としてはまったく痛くない。トゥルーン王国の動きを妨害できれば充分なのだ。


 ちょっと悪辣すぎて言葉が出ないよね。

 ようするに、鎮圧されて民たちが殺されても知ったこっちゃないってことだもん。


「人間のやることじゃありません」


 私はふんと鼻息を荒くした。


「……さすがは騎士の中の騎士。視線はつねに民に向けられている」


 一拍おいて子爵が微笑する。

 感心したような顔だけど、私なにか変なこと言ったかな?


「民を犠牲、というか手駒として使う戦略は、じつはけっこうあるのよ」


 ほろ苦い表情のイヴォンヌだ。

 軍略としては珍しいことじゃないんだって。

 もちろんけっして褒められることではないんだけど。


「万の軍勢で決戦するより、敵国の民を苦しめた方が楽だし効率が良いと考える者がいるのだよ。騎士の風上にもおけぬがな」


 吐き捨てるようにいう子爵だった。

 騎士っていうか、人間の風上にもおけないよね。





 郡都セムリナでは式典に参加したり、商工組合の人たちと懇親会をおこなったり、民たちからの陳情に耳を傾けたりと、けっこう忙しく過ごしていた。


 そして四日ほど経ったころ、代官の屋敷にリットが姿を見せた。

 彼だけでなく近隣の村々を代表する若者とともに。


「大軍師さま、聖騎士さま、こちらの準備はととのいましてございます」


 だれが聖騎士か。

 勝手に称号を増やさないでくれ。


「ご苦労様。それじゃあ仕上げといきましょう」


 イヴォンヌが笑い、代表者それぞれに指令書みたいなのを渡している。


「それはなんですか?」

「敵を追い詰めるための作戦よ。リットにはその準備のために走り回ってもらったのよ」


 盗賊団にお金を差し出すとき、尾行したりして本拠地を特定する。

 それを脅迫されているすべての村でおこなうのだ。

 もちろん無理をする必要はない。気づかれない範囲で、というのは大前提だ。


「でも八つの村からあがってくる情報を総合すれば、おおよその位置は特定できるわ」


 ぴっとイヴォンヌが地図を指さし、リットが頷く。

 ただの白地図だ。

 何にも描かれていない。


「じいさんの話だと、このあたりに沢があるということでした」

「長老はこのあたりに洞窟があったと言っていました」

「ここらへんは何十年か前に山火事で焼けたそうです」


 そこに青年たちが情報を書き込んでいく。


 にっと笑うイヴォンヌ。

 これがリットに頼んでいたもう一つの働きらしい。

 なにもない場所の情報をあつめ、敵を丸裸にしていくのだ。


「正確な判断は正確な情報の上に初めて成立する、なんてことを言った人間もいるのよ。魔術師なんて呼ばれた大軍師ね」


 また謎の引き出しである。

 どうせこの世界の人の話ではないんだろう。


「という具合ですわ。ルーベラ子爵」


 こうして完成した情報地図を見せると、見事なりと頷いた。


「水利を考えればこの洞窟だろうな。となれば人数も見えてくる。百もいればせいぜいだろう」


 リットたちが持ち寄った情報を、専門家であるルーベラ子爵が分析した。

 普通は、まずこの情報を集めるのが大変なんだってさ。

 無理な情報収集は必ず相手にも伝わるものらしい。


「その点、地元の人間なら調べなくても知っているのよ。それをつなぎ合わせればいろんなもの見えてくるわ」


 どのくらいの規模の敵なのか。人質の総数はどのくらいになるのか。そしてもちろん、攻略方法も。


「明朝、五百の兵もって進発する。村人たちは正規軍が動くと声高に喧伝せよ」

「ははっ」


 子爵が宣言し、リットたちが頭を垂れる。


 私は少し首をかしげてしまった。

 正規軍が動くことを宣伝しちゃったらまずいんじゃないだろうか。

 奇襲ができなくなっちゃう。


「メグ、奇襲なんて最初からする気ないわよ」


 私の表情を読んだのか、イヴォンヌがくすりと笑った。


「五百の兵が動いたら絶対に目立つもの。隠し通すなんて無理よ」

「それはそうでしょうけど……」

「私たちの行動を教えた方が、敵は追い込まれるのよ」


 百名程度の戦力だと推測がなった。それに対して子爵の軍は五百。

 本拠地の洞窟に籠もって戦うか、野戦を挑むか、それとも勝算なしとみて逃げ出すか。


 援軍のあてがないのに洞窟に籠もったって、皆殺しになってしまうだけ。

 かといって五倍の敵と野戦なんかそうそうできるものじゃない。


「わたくしとしては、ぜひ三つめの選択肢を選んでほしいわね。犠牲が出ないし、第一らくで良いわ」


 すっごいドヤ顔でいう。

 でも、なんかちょっとだけ恥ずかしそうだ。

 なんでだろう?


 

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