第21話 軍師な悪役令嬢


「盗賊団が人質を取るのが、そもそもおかしいのよ」

「普通な気がするんですが?」


 人質をとって身代金を要求する。

 それこそチンピラどもの常套手段だと思う。


 チンピラだけじゃなくて、戦争のときだってそうだよね。

 貴族の子弟を人質にとって、交換条件でお金とか領土とか要求してくるもん。


「そうね、常套手段といって良いわ。ではメグ、人質として価値があるのはどんな人かしら」

「あ!」


 言われて気がついた。


 身代金を支払えるレベルのお金持ちか、領土とか財宝とか出せるくらいの権力者じゃないと、人質を取っても意味がない。


 そしてそんな人たちが、田舎の農村にいるかって話。

 リットには申し訳ないけれど、まずいないだろう。


「にもかかわらず人質を取り、わずかばかりのお金や作物を奪っている」

「わずかではないですが……」


「ああ、ごめんなさい。あなたたちには大きな痛手よね。でも軍略って次元で考えたら、わずかばかりになるのよ」


 いくつかの村から巻き上げた物資程度では、もうけ・・・としてたかが知れている。


 しかも、場所が割れたら郡都から押し出した軍勢に包囲されてしまうのだ。

 あきらかにメリットとリスクが釣り合っていない。


「そのくらいの計算すらできない、頭の弱い盗賊団だったら、そもそも人質なんかとらないわ」


 村を襲ったら男は皆殺し、女は犯してから皆殺し、お金も作物も根こそぎ奪っていく。

 山賊でも海賊でも、やることはだいたい一緒だ。


 生かさず殺さず、長期的に搾取しようなんて発想はない。

 あるとしたら……。


「もしかして、少し不満がある程度ってことですか? イヴォンヌ」


 今まで彼女と交わした会話を思い出す。

 支配術の話だ。

 ちょっと不満がある程度がもっとも支配しやすいという。


「そういうことね。土地で縛るか人質で縛るかって違いはあるけれど、これは政治の領分」 

「つまり……」


「幕のかげで笛を吹いてるやつがいるってことよ。そしてそいつが反乱を主導した」

「そんな……」


 ランバードとルメキアの侵攻とタイミングをあわせるようにおこった東部住民の反乱。それが仕組まれたものだったということか。


「どどどどどどうするんですか、イヴォンヌ。工作員が入り込んでるってことじゃないですか」

「落ち着きなさいな、メグ。話は簡単になったのだから」


「なにが簡単なんですか! 思いっきりやばい事態になってるじゃないですか!」

「反乱が自然発生的なものだったら回避は困難よ。不満をひとつひとつ聴いて、解決策を練っていかないといけないのだもの」


 金銭で解決するもなのか、あるいは物的な支援が必要なのか、病が蔓延するのか、王都への恨みか、さまざまな理由が考えられるけれど、どれも一朝一夕には解決しない。


 しかし、黒幕がいて反乱を主導したなら、そいつをやっつければ解決だ。

 拠点とかも潰しちゃえば、工作の橋頭堡もなくなるだろう。


「ほらメグ。話は一気に簡単になったでしょう?」

「たしかに」


 理路整然とした話しぶりに深く頷いた。

 私はそのくらいで済んだんだけど、リットの方は瞳をキラキラさせている。


「大軍師イヴォンヌさま……」


 崇拝に近い表情ですよ。

 そして悪役令嬢、あなたもまんざらでもないって顔をしない。






 善処することを約束して、リットを村に返す。

 彼にはいろいろとやってもらうことがあるそうだ。


 なにをやらせるのかと訊いたら、「こういうのはもったいぶった方がありがたみが出るのよ」だってさ!

 こいつ、大軍師とかいわれて調子に乗ってやがる。


 で、私たちは予定通りに行程を進んで、翌日に郡都セムリナに到着した。


「騎士の中の騎士マルグリット。貴殿の令名はこんな辺地にまで届いている」

「お耳汚しでした」


 出迎えてくれた代官のルーベラ子爵と握手を交わす。

 いかにも好々爺って雰囲気だけど、人が良いだけの人物に代官なんかつとまらない。

 きっと油断できないような御仁なんだろうね。


 あ、なんで爵位持ちの貴族なのに代官なのかっていうと、ここが王国直轄領だから。


 というより国境の近くに貴族領はないんだよね。

 ルーベラ子爵も任期の四年だけセムリナに住む感じ。それが終わったら自分の領地に戻るんじゃないかな。


「歓迎の宴を盛大に催したいところだが、いささかごたついておってな」

「謎の盗賊団ですね」

「耳が早いな」


 くすりと笑う子爵。


「それに関して、私の親友であるリーテカル伯爵令嬢のイヴォンヌ様からお話があるそうです。お時間を拝借できますか?」


 私も笑みを返す。

 盗賊団に対処するため、どうしたってセムリナの兵力が必要になるから協力してもらわなくてはならない。


 私たちの護衛兵士の三十六人だけでは、さすがになんにもできないからね。


「ふむ。男に生まれてくれればと国務大臣が嘆いたほどの俊秀だったな」

「それは嘘ですけれどね。言われたのは、もし男だったらとっくに暗殺していた、ですわ」


 いつ寝首を掻かれて地位も権力も奪われてしまうか判らない。

 元服前に殺して、病死したことにする。

 そうしないと安心して夜も眠れないだろう。

 って言ったんだってさ。


 くすくすと笑いながら説明するイヴォンヌ。


 なんて心温まる親子関係だよ。


 

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