第20話 政治を語る悪役令嬢


「戦闘の指揮は専門家に任せるとして、わたくしたちはわたくしたちの仕事をしましょうか。メグ」

「はい」


 イヴォンヌの言葉に頷き、並んで王宮を出た。

 正面通路の両側には文武百官と貴婦人たちが並び、声援を送ってくれている。


 初めての公務は王国東部の視察。

 イヴォンヌの予言における反乱の地だ。


 反乱を起こさせないため、民心を安定させるために私とイヴォンヌが赴く。

 民たちの陳情を騎士の中の騎士マルグリットが聴き、親友である伯爵令嬢イヴォンヌとともに解決するのである。


「民たちの心が落ち着いていれば、そうそう反乱なんか起きないわ」

「そうだと良いですけど」


 声援に手を振って応えながら互いにだけ聞こえる声で話す。


 南からはランバード王国が、北からはルメキア帝国が侵攻してくる。しかしそれはイヴォンヌの予言の中でもなんとか防げるのだ。

 ぎりぎりだけどね。


 でも東部地域の住民が反乱を起こしたことにより、一気にひっくり返ってしまう。


 そんな簡単にって思ったけど、レオンやロベールに訊いてもそういうモノなんだそうだ。

 そもそも、ランバードもルメキアも最大の力で押し出してくるわけじゃないんだってさ。


 トゥルーンを滅ぼした後のことまで考えるから全力を出し切るわけにはいかないらしい。

 だから守ることができる。


「でも、国内で反乱が起きてしまったら話は別なのよ。補給も連絡も滞るし、指揮系統だってめちゃくちゃになってしまうの」


 とは、悪役令嬢のお言葉だ。

 軍隊は軍隊だけで戦うんじゃなくて、支える後方があってはじめて戦えるんだって。

 よくわからないよね。


 ただ、東部地域の反乱が起きなければ、トゥルーンが敗滅する確率が一桁は下がるってことらしい。


「出発します」


 随行する兵士の手を借り、ひらりと芦毛の馬に飛び乗った私が宣言する。

 自力で飛び上がれれば格好いいんだけど、私の身長だとどうやっても無理なのだ。

 かなしい。


 轡を並べるのはイヴォンヌ。


 彼女の馬は黒鹿毛だ。このチョイスは、私の恋人であるレオンが白騎士で、彼女の婚約者であるロベールが黒騎士団の副長だから。


 白と黒ってわけだ。

 謎のこだわりである。






「でもイヴォンヌ。私たちが行った程度で民の不満が消えますかね?」

「消えるわけないでしょう」


 最初の宿場、いちばん良い宿のいちばん良い部屋に陣取った私とイヴォンヌの会話である。


 もっと庶民的な宿屋に泊まるというプランもあったのだが、これもまたイヴォンヌが一笑に付したのだ。


 なにをどう取り繕ったって、私たちが貴族であるという事実は消えない。

 下手に庶民派をアピールしてもうさんくさいだけ。しっかりとお金持ちで、しっかりと支援できる立場なんだって、誰の目から見ても判るようにした方が良いってね。


「というより、どれほど善政を敷いても不満を持つ者はいるのよ。ゼロにすることはできないし、してもいけないの」

「どうしてです? 方法はともかくとしても、みんなが幸せって良いことだと思うんですけど」


 ゼロにはできないってのは判るよ。

 私が奉仕活動をしている託児所だって、たった七人しかいないのに、おやつの好き嫌いがあるもの。


 ある子供の好物が、他の子供にとっては嫌いなものだったりする。

 当たり前の話だ。


 だから、なるべくみんなが好きなものを食べられるように、私は何種類かのお菓子を作っている。

 つまり、みんなが幸せになるようにってこと。


「メグは良い子ね。でも、それに対しても文句を言う人はいるわよ。たとえば……」


 ちょっとだけ考える仕草をして、イヴォンヌが例題を出した。

 Aって子供とBって子供のおやつ、好みにあわせたら材料費が違うんじゃないの? と。


「それはそうですよ。バターを使うか使わないかでも、小麦粉を使うか使わないかでも値段は変わってきます」

「不公平じゃない? なんで子供によって違いがあるのよ」


「それは好みとかありますし」

「だとしたら、材料費がやすい子供にはその分の補填をするべきじゃない?」


「えええぇぇぇ……」


 そんな馬鹿な話があるか。

 子供たちのことを考えて作り分けているのだ。

 そもそも、材料費だって全部私が持っているのに、なにを補填するんだよ。


「言いがかりとしか思えないでしょ。でも、そういう主張する人もいるってことなのよ」

「正直、ちょっとカチンってきました」


「で、そういう人まで納得する方法なんてあると思う?」


 にやりと邪悪っぽく笑ってみせる。

 可愛いだけなんだけどね。


「無理だと思います」

「でしょ。これでみんなが幸せって条件が崩れたわ。それでも条件を満たそうととするなら、文句を言う人を殺すしかない」


 反対者を殺す。

 全員が満足する、という結果になるまで。


「無茶苦茶ですよ……」

「ええ。全員が幸せになるってのは最初から無理な話なの。だから政治が目指すものは、最大多数の最大幸福ってことになるわ」


 なるべく多くの人が、なるべく幸せに生きられるように。

 そのなかで取りこぼしが出るのは仕方がない。


「厳しいですね」

「そもそも政治って厳しいものよ。誰を切り捨てるのかって決める場所なんだから」


 国王陛下も大臣たちも、のほほーんとしてるように見えるけど、大変なんだなあ。

 私だったら、ちょっと耐えられないかも。


「それに、完全に現状に満足してしまうと進歩もなくなるのよね」


 民たちの幸福度ってのは、ちょっと不満がある程度、というのが理想的なんだそうだ。


 反乱を起こすほどの不満はなく、かといって、だらだらと寝て暮らせるほどラクでもない。

 そういうバランス。


 うーん。

 難しい!


 

 

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