第19話 白騎士様の見解


 イヴォンヌの話を鵜呑みにしたわけじゃない。

 だけど、妄言だと切り捨てることもまたできなかった。


 事実としてイヴォンヌの知識量は異常だしね。役に立つものから立たないものまで。


「レオ。すぐにでも戦争が起きそうな雰囲気なんですか?」


 翌日の夕方、託児所におやつを奪いにきた山賊に訊ねてみる。


「それをどこで聞いた? メグ」


 フォークを止め、レオンが真剣な顔をした。


 私は手を伸ばして、口の端についたクリームを拭き取ってやる。

 さすがにキリッとした表情に似合う装飾とは思えなかったので。


「イヴォンヌが言っていました。ランバード王国とルメキア帝国が同時に進行してくる可能性がある、と」

「千里眼か……あの令嬢は……」


 ぐうと唸るレオン。


「間諜たちからの報告をつなぎ合わせると、ランバード・ルメキア連合という話になるんだが、お偉方はまったく信じていない」

「なんでです?」


「仲が悪いからさ。ランバードが同盟するならルメキアでなくて我が国だろうし、ルメキアが手を結ぶとしたらランバードではなく我が国だろう」


 腕を組んで説明してくれる。

 ランバードとルメキアって親の敵かってレベルで不倶戴天なんだそうだ。両者が手を結ぶなんて絶対にありえないっていえちゃうくらいに。

 そこにつけ込んで我がトゥラーン王国は上手に立ち回ってきた。


 いいの? ランバード(またはルメキア)と連合しておたくの国に攻め込んじゃうよ? みたいな感じで外交カードを切っていたんだって。

 上手っていうよりこすっからい。


「でもレオンは、イヴォンヌの意見を否定しませんでしたよね」

「軍師デヴィッドという人物がランバードで台頭してきてな。これがなかなか端倪すべからざる人材らしい」


 政戦両略の天才というのか、カリスマがあり実力もあり、デヴィッド主導のもとランバード王国は急速に力を付けているという。

 そしてその人物がルメキアとの同盟を目論んでいるって情報があるんだそうだ。


「上層部は一笑に付したけどな。両国の連合なんてカラスが白くなるくらいの確率だって」

「レオは違う意見なんですね?」


「見方を変えれば、トゥルーンがあるから両国は思い切った戦略をとれないんだ。北に南にと状況に応じて態度をころころ変える国だぞ。たとえばメグが王様だったら、そんな国どう思う?」


「普通にウザいです。むしろ不倶戴天の相手よりも鬱陶しいかも」


 私は肩をすくめてみせた。


 政治も外交も素人の私だから国際的な力関係なんて判らない。

 コウモリみたいに敵になったり味方になったりされるのは面白くないって思っただけ。


「素人考えですけど」

「いや、案外それが本質なんだ。トゥルーンがある限りランバードもルメキアも雌雄を決することができない。そしたらどうするのが最適解かって話なんだよ」


 まずはトゥルーンを潰す。

 北と南から同時に攻め込んで、めんどくさいコウモリ野郎を殺してしまう。

 そのあと改めてランバードとルメキアで戦争するなり外交するなりすれば良い。

 トゥルーンの顔色なんか伺わずにね。


「問題は、どうしてイヴォンヌまで同じ結論に達してるかって部分だな。軍事教育なんか受けたことないだろうに」


「ええと、よく判らないことは言ってましたよ。フェザーンは物語で書かれてるほど安全な位置じゃない、だったかな?」





 イヴォンヌの識見に感心したレオンは、ランバード王国への備えを十全にするよう国王陛下に直奏すると約束してくれた。


 彼はただの騎士じゃない。

 四騎士のひとりで、ようするにトゥルーン王国軍の四分の一を預かる将軍なんだ。


 軍部大臣に意見するってレベルじゃなくて直奏ってことになったら、さすがに王国軍そのものが真剣にならざるをえない。


「そして同時に、ロベールのことを黒騎士どのに頼もう」

「うふふー。悪いわね。敵に塩を送ってもらっちゃって」


 苦虫を噛み潰したような顔で言うレオンに、イヴォンヌが笑う。

 この人、邪悪にみえると信じて疑ってないだろうけど、ぶっちゃけ可愛いだけだよなあ。


 レオンもイヴォンヌの計画に一枚噛むことになったのである。

 で、南への備えを彼が担当する。


 北の備えはロベールってことになるんだけど、十四騎士ではちょっと身分が低い。

 いや、普通に考えればすごく高いんだけどね? 王国軍そのものを動かすには軽いんだそうだ。


 なので、レオンが旧知の仲である黒騎士ジャン・ジャックの副将として紹介してくれる運びとなった。


 つまりロベールは二十歳の若さで十四騎士に抜擢され、さらにその年のうちに黒騎士の副将となる。

 とんでもない出世速度だ。


 しかも白騎士レオンの推薦だもん。

 伯爵家の後押しとも相まって、とんでもないコネクションの持ち主だと思われるだろうね。


「僕の立場が微妙すぎて泣けてくるよ」


 心の底から情けなさそうな顔をするのは、かつての婚約者ロベールである。

 現在の婚約者である伯爵令嬢の実家と、捨てた元婚約者とその恋人の推薦での大出世だからね。


 男としてのプライドはズダズダだろう。

 いい気味だ。


「出世して、いい気味だと言われる……」

「まあ、私を捨てたことはこのくらいで許してあげますけど、北の守りをしっかりお願いしますね」

「判ってる。ルメキアの連中には靴一足たりともトゥルーンの地は踏ませないさ」


 さすがにそこは力強く頷くロベールだった。

 イヴォンヌの予言によれば、トゥルーン王国をランバードとルメキアの支配から解放するのが彼である。

 だから、ものすごい軍才があるはず。

 頼むよー。


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