第17話 セイバーってだれ?


 細剣レイピア小剣ショートソードか迷ったけど、結局ショートソードにした。


「レイピアより手入れも簡単ですし、初めて持つならこちらがオススメですよ」


 という商会長の言葉に頷いた格好である。


「次は服ね!」


 イヴォンヌは息巻いてるけど、どんなドレスだって剣を提げるようには作られてないから、すごく不格好になると思うんだよね。


「何を選んでも似合わない気がするんですが」

「心配めさるな! 拙者に考えがござる!」


 変なポーズを決める伯爵令嬢。


 それはどこの国の文化なんだい?

 無知蒙昧な私には、さっぱり判らないよ。


「セイバーみたいな感じにすれば、カッコ可愛いはず」

「せいばー? かっこかわいい?」


 よく判らない単語がぽんぽん飛び出す。本気で謎だとおもう。イヴォンヌの引き出しって。


「わたくしに任せなさいって」

「どうしよう。不安しかないんですけど」

「大丈夫だ。問題ない」


 きゃいきゃいと騒ぎながら仕立屋へむかう。

 このあたり、イヴォンヌは本当に腰が軽い。騎士の娘の私はほいほいと町に出かけるけれど、彼女は正真正銘の貴族階級だからね。


 ほとんどの人は自分が出向くんじゃなくて、屋敷に商人を呼ぶのだ。

 自ら足を運ぶというのは容儀が軽いと貴族社会では思われてしまうが、反対に庶民からの人気は間違いなく取れる。


 つまり彼女は庶民からの人気の方に重きを置いてるってこと。

 貴族たちにどう思われるか、ということよりね。


 政治にも軍事にも詳しくない私だけど、それがどういう意味か判らないほど間抜けじゃない。

 貴族の支持より平民の支持を求めるなんて、なにか心に秘めてる以外の何物でもないもん。


 でもイヴォンヌの行動は貴族社会から掣肘されていない。

 それはなぜか。


 わがままお嬢様のやることだから、と流されているなら恐ろしいし、文句を言われないだけの基盤を築いているのだとしたらもっと恐ろしい。


「こわいこわい」

「コワクナイヨー」


 肩をすくめた私にものすごく怪しい口調で応える悪役令嬢だった。

 本当にこの人は、どこでそういう芸風を身につけてくるんだろう。


 仕立屋では、青を基調とした略式ドレスを仕立ててもらうこととなった。

 腰の剣帯がつき、袖とスカートには鎧っぽいデザインの飾りがついている。


「この飾りって意味があるんですか? イヴォンヌ」

「格好いい。これ以上の説明が必要かしら?」


 ふわさ、と髪をかき上げてる。


 かっこいいのか? これ。

 なにしろ女性騎士なんて滅多にいないから、どういうスタイルが適当なのか判らないんだよね。


「いっそ男装しちゃった方がラクな気もしますが」

「女で騎士っていうのをアピールしないと。女を隠しちゃったらつまらないわ。オスカルじゃあるまいし」


「誰ですか? それ。あきらかに楽しんでますよね?」

「まさかまさか。そんなそんな」


 手の振り方がしらじらしいな!





 で、ひととおりの買い物を終え、私は伯爵家に招かれた。


「だから、なんてそういうことを思いつきでやっちゃうんですか」

「友達の家に行ったり、友達を家に呼んだりするのに、いちいち先触れを出してとかめんどくさいじゃない」


 ものすごく広い庭園の四阿で、ティータイムを楽しみながらの会話である。

 変人のイヴォンヌのことだから日常茶飯事なのかと思ったら、伯爵家の使用人たちは慣れていない感じで、ちょっとバタバタしていた。


 可哀相じゃん。

 家人には準備とかあるんだよ。


「あれは、突然きたからではなく、わたくしが友達を連れてきたのが初めてだからよ」

「そうなんです?」


「ぼっちだからね。友達いないのよ」

「そういう風には見えませんでした」


 取り巻きとかいっぱい居そうなタイプじゃん。

 あと、ぼっちってなんだろう?


「メグにはちゃんと話しておこうと思ってね」


 居住まいを正し、イヴォンヌが真剣な表情になる。

 いつもの邪悪そうな演技に見慣れていると、こういう顔にはどきっとしてしまう。


「話すって何をです?」

「これからのこと。そして予備知識としてこれまでのこと」


 テーブルの上に両肘をつき、組んだ指先に形の良い顎を乗せる。


「メグが騎士に叙勲された。これは今までなかった展開なのよ」

「今まで?」


 何を言っているのかさっぱり判らない。


 女性騎士の誕生は、そりゃあ王国史を紐解いても数例しかないくらいの珍事だけどさ。

 どうにもイヴォンヌの言い方は、そういう意味じゃない気がする。


「わたくしはね。この世界の人間じゃないの」

「えええぇぇぇ……」


 そうきたかぁ。

 ちょっと突拍子もなさ過ぎるけれど、なぜかストンと胃の腑に落ちてしまう。


 だって、あまりにも理解不能な言動が多かったのも事実だし、その知識はどっから引っ張ってきたんだいってモノもたくさんあった。


「ふむ……それで変人扱いされて社交界で浮いてた感じなんですね」


 貴族の令嬢たちが集まるサロンに、騎士の娘の私はあんまり近づかないからね。どういう人間関係が形成されているか知らないけど。


「変人扱いはされてないわよ。みんなびびって近づいてこないだけで」


 より悪いわ。

 なにしれっと言ってるんですか。

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