第16話 剣を買いにいこう
騎士になりました!
ということは、宮廷内での帯剣が許されるってことなんだ。
むしろ剣を佩いてないと格好つかない。
略式のドレスの腰に剣ってのは、だいぶアレな格好だと思うんだけどね。
うーん。痛し痒し。
「お父様。なにか剣をください」
「ほいほいってあげられるものじゃないんだぞ。剣というのは」
仕方ないから父に頼んだら、すげなく断られてしまった。
自分でしつらえなさいと。
そーゆーものなの?
「騎士にとって剣というのは命と同じ意味だからな。てきとうなものを身につけることはできないんだ」
だから私の兄のときも元服の日に備えて専用のものを打ってもらっていたらしい。
そのくらい剣ってのは大切なんだってさ。
とくに出仕するときにみすぼらしいものをぶら下げていたら、あいつには騎士の誇りがないのかって目で見られるのだそうだ。
「でも私、準騎士だし、実戦に出るわけでもないだろうし、見た目さえちゃんとしてれば質はなんでも良いと思うんだけど」
うちには立派な宝剣が何振りもある。
それを佩いておけば良いかなーと思ったんだけどね。
なのに父は、でっかいため息をついた。
「ベルトランを救ったお前の行為は騎士道に適うものだ。我が家の誉れだと思っていたのだが、覚悟の方は全然ダメだな」
「えー」
「騎士の心構えは常在戦場。家に飾ってあるような宝剣をぶらさげてどうする。人どころかネギも切れないぞこんなもの。そもそも準騎士で名誉職だから戦わなくていいなんて……」
こんこんと父が語り始める。
やばい。
これ間違いなく長くなるやつだ。
休息日を父からの説教で潰されると覚悟した私だったが、けっこうすぐに解放された。
救いの神が現れたから。
神っていうか救いの悪役令嬢なんだけど。
相変わらず、先触れも出さずに、単身でのご登場である。
なんでこのご令嬢、こんなに傍若無人なんだろう。
伯爵家ではなんにも言われないんだろうか。
あ、ちがうか。言わないんじゃなくて言えないんだ。眼差しは高く、識見は広く深く、弁も立ち、シャープな政治感覚ももってるんだもん。
きっと伯爵閣下だって一目置いてる感じなんだろうなぁ。
つくづく、ロベールごときにはもったいない女性だよ。
まあ見た感じ恋人や婚約者というより、ともに野心の階を昇るための共闘者っぽい雰囲気だったけどね。
私とレオンの方が、まだ恋人同士に見えるくらいだった。
で、その傍若無人が悪役令嬢がいったのである。
「剣をしつらえにいきましょう」
と。
ちょっと意味がわからない。
「メグ専用のやつはあとから打つとしても、それまでのつなぎとして手になじむ剣を買わなくては」
「良く言ってくださった伯爵令嬢! うちのボンクラ娘に貴女の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいですぞ」
「あらまあ、父君ったら」
「聴いてくだされ。このボンクラはそれがしに、適当な宝剣でもいいと抜かしたのですぞ」
「うっわ。ないわ。メグ、それはありえないわ」
可哀相な子を見る目で、ふたりが私を見る。
同調してるなぁ。
ていうか私、実の父親に裏切られた。
「ひどい。娘を簡単に売り渡すなんて」
大仰に嘆く私にイヴォンヌが笑う。
「仕方がないわ。親と子が相争うのも戦国のならいだもの」
「どこと戦ってるんですか……トゥルーン王国は……」
戦国ってなにさ。戦国って。
というわけで、私とイヴォンヌは連れだって武器屋にやったきた。
武器屋なんて言い方をしちゃうと、なんか市井の傭兵たちが利用するような治安のあんまりよろしくない店を想像してしまうけれど、ここメルヴェール社はそうじゃない。
何代も続く王家ご用達の工房で、店構えもまず立派なものだ。
初めて入ったけど、宝飾店なんかとそんなに変わらない感じだね。
「ちなみに、白騎士団の制式装備もメルヴェールよ。黒騎士団はトーリアン・ビー、青騎士団はローゼズで赤騎士団はポックルね」
「それぞれの騎士団で違うんですね」
応接ソファに座り、供されたお茶を飲みながらの会話である。
私が使いやすいような剣を、店員が見繕っている間の、まさに茶飲み話だ。
「一社とだけ取引するのは不正の温床だし、競い合わせることでより品質の良いものが生産されるようになるのよ」
「そういうものなんですね」
ふーむと感心してしまう。
イヴォンヌは相変わらず博識だよね。
「メグの剣もここで打ってもらうでしょ? 恋人と同じにしたいだろうし」
「剣がお揃いというのはロマンチックということで良いんでしょうか?」
「さあ?」
提案しておいて首をかしげるなよ。
まあ、べつにどこで作っても良いんだけどね。
じっさい善し悪しもあんまり判んないし。
「騎士マルグリットさまの体格や体力を考慮しますと、こちらあたりがよろしいかと」
戻ってきたのは店員ではなく、この店を任されている商会長なんだって。
会社で言うとナンバースリーらしい。
その後ろには収納箱を携えた店員たちが続いている。
「私、ちびですからね。あんまり大きい剣はもてませんよ」
笑いながら立ち上がった。
なんかちょっとわくわくしちゃってるかな。
宮廷内で剣を持つことを許された貴婦人って私だけなんだよなって考えたら、本当にすごいことのような気がするんだよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます