閑話 女騎士と悪役令嬢
叙勲のシーンといえば騎士物語などでは最も盛り上がる場面だ。
謁見の間の赤い絨毯片膝を突いて頭を垂れる叙勲者に、玉座から降りて歩み寄った国王が名前を呼んだ後、宝剣を手渡す。
両手でおしいただいた叙勲者が「我が命と我が剣を我が君に」と言って宝剣を返す。
頷いた国王が手ずから叙勲者の胸に騎士徽章をつけてやり、新しい騎士の誕生を朗々と告げる。
というのが一連の流れなのだが、マルグリットには適用されなかった。
王宮の一角にある会議室で騎士徽章を手渡されて終了である。
しかも国王ではなく国務大臣から。
略式にもほどがあるというものだろう。
「とはいえ、さすがにぶっつけ本番で騎士の礼法をやれといわれたら困ってしまいますけどね」
「本当は時間をかけて準備して、大々的にやりたかっただろうけどな」
豪壮な廊下を並んで歩きながら、マルグリットとレオンが肩をすくめあう。
女性は騎士叙勲できない、とは王国法に記載されていない。しかし例がほとんどないというのは事実で、何百年も前に一件あったとかそういうレベルらしい。
だからこそ、大イベントにしたいというのが王国政府の本音だろう。
ただ、国王が急に決めたことだから時間もないし、歌物語ですでに騎士として語られてしまっているため、後追いで叙勲というのも体裁が良くない。
なので、しれっと既成事実を作ってしまうという流れになったらしい。
「こういう発想もなかったですよね。いままで」
国事とは形式である。
歩き方ひとつ、頭の下げ方ひとつにも細かい決まりごとがあるのだ。もちろん実利という部分ではまったく意味がないが、そもそも格式や伝統というのはそういうものである。
それを、効率的に運んでしまおうなど、少なくとも宮廷人の発想ではないだろう。
「本当に、あなたはいったい何者なんですか? イヴォンヌ様」
廊下の先にたたずみ微笑を浮かべている人物を見つけ、マルグリットは小さく呟いた。
何の証拠もないことだが、この例外的な措置の裏側にイヴォンヌがいるだろうと確信したのである。
「ある国では、国王と話すときは跪いて頭を垂れなくてはいけないって決まり事があったそうなのよ。どう思う? メグ」
「どうって、普通そうなんじゃないですか?」
イヴォンヌの問いにマルグリットは小首をかしげた。
どうしてそんなことを質問するのか判らない、という表情である。
廊下で会った、というより待ち構えていたイヴォンヌに誘われて彼女の主に使っている
その回答がこの質問であった。
「ある商会ではオーナーと話す商会員は、普通に立ったまま話してるわ。これはどう思う?」
「どうって、普通じゃないか?」
答えたのはレオンだ。
くすりとイヴォンヌが笑う。
「拝跪するのをメグは普通だといい、立礼をレオンさまは普通だという。はてさて、普通とはいったどこにあるのかしら」
「でも国王陛下といち商会長を同列において考えるのはちょっと……」
マルグリットが首を振った。
たとえが極端すぎる。
片方は至尊の冠を戴いており、他方はそれこそ王都コーヴに何十人何百人といるだろう。
「もしかして、その論法で略式叙勲を認めさせたのか?」
レオンも呆れ顔である。
よくもまあ大臣連中、というよりイヴォンヌの父である国務大臣が頷いたものだ。
「さすがにもうちょっと格好いいセリフは並べたけどね」
「なんて言ったんです?」
「心から尊敬の念を抱いていれば頭は自然と下がるもの、ってね」
大仰な行事など必要ない。
まずは、いま民から人気のあるマルグリットを称揚することで、王家そのものに尊敬を集めることができる。
そのためには速度が大事。
とにかく民というのは国や役所の腰の重さを悪くいうものだから。
「たしかにその通りだが……」
レオンが唸る。
どうして貴族のご令嬢が民の心情にそこまで詳しいのか。
彼ですら軍隊で下級兵士と触れあうまでは
「頭は自然に下がるですか。格好いいですね」
「まあ、受け売りなのだけれどね。ある国の王様が即位して最初の命令として言ったのよ。
「へえええ!」
えらく感心するマルグリットだったが、なんだかイヴォンヌは気恥ずかしそうだ。
「なんて国の王様です?」
「メグは知らない国よ。おとぎ話みたいなものだと思ってくれれば良いわ」
ほんの少しだが頬を赤らめている。
不思議に思いつつもマルグリットは頷いた。
詮索されたくないのかな、と忖度したためである。
イヴォンヌとは身分差を超えた友情を感じているからこそ、根掘り葉掘りきくわけにはいかない。
「ともあれ、女騎士マルグリットの誕生ね。今夜は大いに盛り上がりましょう」
「え?」
驚くマルグリットに伯爵家の主催で叙勲パーティーをおこなうのだと説明する。
大仰なことはしなくて良いんだと説明したばかりのその口で。
「イヴォンヌさま……」
「イヴォンヌ嬢……」
同時に頭を抱えるマルグリットとレオン。
「パーティーはベツバラ!」
どどーんと謎の宣言をして胸を張る伯爵令嬢であった。
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