第15話 私が騎士に!?


 玄関に駆けつけると、悪漢扱いされていたのはレオンだった。

 子供たちに囲まれてぽすぽすと叩かれている。


「ああ、メグ。助けてくれ。小さな勇者たちに倒されてしまう」

「仕方がないですね。魔王とは倒される宿命なのです」

「なんだと! 俺は簡単にはくたばらんぞ!」


 両腕を振り上げ、ゴォンゲェェ! などと謎の威嚇をする白騎士。

 子供たちが、わー、きゃー、くわれるー、と笑いながら怯えて逃げていった。


「魔王というか大怪獣みたいでしたね、レオさま」

「なんとなく、もうなんでも良いような気がしてきた」


「それにしても、もうちょっと叫び声はひねった方が良いと思いますけどね。権化ってなんですか。権化って」

「とっさにそれしか思いつかなかったんだよ」


 バカ話をしながら食堂にレオンを誘う。

 普段ならもう少し遅い時間にくるはずなんだけとね。

 主におやつの残りを食べるために。


「今は公務だから供応は受けられないんだ。メグを迎えにきた」

「逮捕ですか? なにも悪いことはしてないはずなんですが」


 肩をすくめて私はエプロンを外す。

 騎士が迎えにくるなど吉事とは思えないが、拒否するということもまた不可能なのである。


「家によって、礼装に着替えてくれ」

「礼装?」


 それはつまり貴人と会うという意味だ。

 しかも私的にではなく、公式のものとして。


「なんなんです? いったい」

「一応は朗報なんだけどな。俺自身がまだ戸惑っている」


「というと?」

「叙勲だ。メグを準騎士とすると勅命がおりた」

「はいぃぃ!?」


 素っ頓狂な声をあげてしまう。


 いやいや。

 いやいや、いやいや。


 あなた、なにをおっしゃってますの?


「勅命て……」


 トゥルーンは王国だから、王様の意思というのはすべての法律の上に佇立する。

 女性が騎士叙勲という前代未聞なできごとも、王様がやれといったら臣下は粛々と実行しなくちゃいけないんだ。


「いいんですか? それ」

「準騎士だからな。大臣たちからも反対の声はあがらなかった。むしろ、この人気に便乗すべしって声が大きかったな」


 微妙な表情でレオンが閣議の様子を教えてくれる。

 騎士位としての格式は同じだけど、準騎士と騎士はけっこう違う。まず準騎士は一代限りのもので、子供とかが相続することはない。


 なので、貴族の一員であることには違いがないんだけど、むしろ純粋な武人って思われることが多いかな。

 私は武官ですらないんだけどね!


「騎士の中の騎士とまで言われる人物を、騎士の娘っていう無位無冠のままにしておく方が鼎の軽重を問われるって意見が多かったんだ」

「歌物語のなかの設定じゃないですか、それ」


 呆れるを通り越して笑ってしまう。

 市井で歌われる物語に国政が引っ張られてどうするんだか。


「それでも人気取りの機会には違いないからな」


 両手を広げてみせるレオンだった。

 軍事のことなんかなんにも知らない、武芸を修めたわけでもない、そんな娘を騎士に任じたところで、実戦で役に立つわけがない。


 だから、完全にお飾りの地位だ。

 なにか仕事をさせられるとしたら、民衆の前に出で格好いいポーズを決めるとか、その程度のものだろう。


「私たちの国って、そんなに平民からの人気に飢えてましたっけ?」


 首をかしげてしまう。

 私が生まれてから戦争なんか一度もなかった。おおむね民は太平を楽しんでいるようにみえるんだけどね。


 実際、ヤクザどもが商店街を乗っ取って歓楽街にしようとしたことだって、平和だからこそって側面もあるし。


「王都コーヴで暮らしていれば判らないだろうけどな。国境線は発火寸前だし、地方では反乱も起きてるぞ」


 レオンの声は苦い。

 転戦を重ねる現役の騎士だから、私なんかよりはるかに王都の外の世界を知っている。


「兵役の期間と人数を増やすべきって話も出ているんだ」

「……なるほど」


 民たちに愛国心を植え付け、王家への忠誠心を高める。そのための宣伝用の偶像アイドルが私というわけだ。

 こすっからい手だけど効果はあると思う。


 レオンの声と表情が苦かった理由がよく判った。


 ぶっちゃけ戦争準備だもんね。これで気分は上々ってなるほど彼は好戦的な人物ではない。


 だからこそ超有能な騎士なんだよね。

 兵は不祥の器だからやむを得ないときにしか使っちゃダメだよって言葉が東方にあるんだって私に教えてくれたような人だもの。


 おやつ大好き人間なだけではないのだ。


「でも、よくこんな方法を思いつきましたね。こうやって順を追って説明されたら理に適ってるって納得できますけど、先に結果だけ聞かされたらきょとーんですよ?」


 民衆の心理を誘導するためのアイドルなんて発想、そうそう出てこないよ。


 理屈としては、戦場で勇猛な将軍が「我に続けー!」って叫ぶようなものだってわかるんだけどね。


「いや、アイデアは国王陛下じゃなくて国務大臣から出た。メグもよく知ってる人物の父親だよ」


 おそろしいことにな、とレオンが付け加える。


 あ、腑に落ちちゃった。

 予感というんだろうか? あの人の頭から出たアイデアなんじゃないかなーって、心のどこかで判っていたようにも思えるんだよね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る