第14話 騎士の中の騎士


 その後、ちょっと有名になったスリール商店街は人でごった返すこととなった。

 ただまあ、話題に乗っかって訪れた人がほとんどなので、この人たちをどう定着させるかってのは、店主たちの腕の見せどころだろう。


 私たちの仕事は成功したといって良いんじゃないかな。

 そこは良い。

 まったく問題ない。


「どうして、私が主役みたいに扱われてるんでしょうか……」


 絵入り新聞を眺めげっそりとため息をつく。

 なんかね、私の侠気にうたれた伯爵令嬢や白騎士、十四騎士が協力を申し出たってことになってるんだよ。


「騎士の中の騎士。いいなあメグ。俺もそんな風に呼ばれてみたいぞ」

「もう! からかって!」


 ニヤニヤと笑うレオンにふくれっ面をしてやる。

 そしたらなんと頭を撫でられた。


 一応は恋人同士ってことになってるんだから、そういう親子みたいな扱いはどうかと思うんですよ。


「むう……」

「新聞は嘘を書いてるわけじゃないさ。俺だってイヴォンヌ嬢だって、ついでにロベールだって、メグがいたから動いたわけだしな」


 うん。ロベールの扱いが微妙に悪いけど、それは事実だ。


 事実ではあるんだけどさ。

 私じゃあ主役として弱い。


 伯爵令嬢や白騎士みたいな、誰にでもわかる権勢の象徴っぽい肩書きがないからね。


「これじゃあ宣伝の効果が薄いかもしれませんね」

「そうか? 俺はそうは思わんぞ」


 にやりと笑う白騎士だった。




 そしてレオンの予想は的中する。


『スリール街の奇跡』と名付けられた歌物語は吟遊詩人たちによってうたわれ、すごく人気になった。


「世の中、なにが流行るかわからないものですよね」

「そう? すごく大衆が好みそうなストーリーラインだと思うわよ」


 私の慨嘆にポレットが笑う。

 ぜったいに面白がってますよね?


 託児所での奉仕活動のときにも『スリール街の奇跡』は大いに話題にのぼった。

 もう、子供たちも騒ぐ騒ぐ。


「さすがは、俺の豆ぐりっとだぜ」


 とか。


「まんまるぐりっとは僕が育てた」


 とか。


 くだらないことを言う年長組の子たちは、こめかみぐりぐりの刑に処しておいたけどね。


 ともあれ、人々が好むような話の筋に変えられた事実である。


 ベルトランは私の家庭教師のひとりだったわけだが、奉公人だったという設定・・に変わった。私の家でお菓子作りの修行をして腕を磨いて店を出したのだと。


 もともと腕がありそれなりに有名だったからこそ雇われたのだけれど、そういうリアリティはまるっと無視である。


 で、店を出したかつての奉公人がヤクザどもにいじめられていると知り、騎士の娘であるマルグリットは決然と立ち上がった。


 店に嫌がらせをする悪漢どもを右に左にと打ちのめす。


 しかし、衆寡敵せずの言葉通り、囲まれて袋叩きされそうになる。

 そこに現れるのが、恋人の白騎士レオンと、大親友・・・の伯爵令嬢イヴォンヌだ。


 またしてもスルーされてしまったロベールである。歌物語に登場すらさせてもらえない。

 いい気味だ。


 それはともかくとして、レオンとイヴォンヌは、マルグリットという人物のことをよく知っていた。


 義を見てせざるは勇なきなりと言う言葉を体現しており、強きをくじき弱きを助ける為人ひととなりなのである。

 また無茶をするだろうと読んでいた二人がタイミング良く助けに入り、ばったばたと無頼漢をなぎ倒し、ついに頭目を捕まえた。


 そして命乞いをしながら処刑場へと引き立てられるヤクザどもに、マルグリットは答えるのである。


「トゥルーン王国の法は、日々をつましく生きる心正しき人々を守るために存在する。社会のダニを保護する法などないと知りなさい」


 と。

 右に白騎士、左に伯爵令嬢を侍らせ、朗々と宣言するシーンは一番の見せ場だ。


 そこで聴衆は手を叩き、足を踏みならして叫ぶのである。

 騎士の中の騎士マルグリットと。


 いろいろおかしくて泣けてくるよね。


 盗賊団をやっつけたのレオン麾下の白騎士団だ。私は結果を聞いただけ。活躍なんてしてませんよ。

 そもそもなんで一日で解決したことになってるんだか。


 あと、立ち位置もおかしいよね。

 なんで私が中心なのさ。


 イヴォンヌが真ん中で両側にレオンとロベールじゃん。常識的に考えて。

 本来、この構図に私の出番はないって。


「平の騎士家だと、まだしも平民からは近く見えるからでしょうね。伯爵令嬢が主人公だと、どうしてもお偉いさんの余興に思えてしまうのよ」

「……的確な分析、ありがとうございます」


 ポレットの言葉には肩をすくめるしかない。


 雲の上の存在の四騎士や爵位持ちの貴族を侍らせる、という部分も平民たちは楽しんでいるのだろう。

 マルグリットという娘は、王国の柱石となるような人々にすら心酔されているほどの人物なのだと。


 そういう騎士の中の騎士は、できるだけ平民に近い方が良いんだよね。

 自らを重ねることがだできるから。

 平民から一代限りの叙勲をされる準騎士だったら、もっと理想的だ。


「大衆は英雄を求めるものですもの」


 くつくつとポレットが笑う。


 完全に他人事である。

 私だって、歌物語のマルグリットは私とは別人だと思いたいよう。


 そんな感じで雑談に興じていると、玄関のほうが騒がしくなった。


 あっかんめ! とか、かえれかえれ! とか、子供たちが喚いている。

 なにごと?


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