第13話 悪役令嬢が正義を語ってる……


 お祭り騒ぎになった。


 スリール通り商店街に貴族の令嬢がやってくるのは初めてのことで、しかも王国の四騎士の一人である白騎士のレオンと、十四騎士の一人であるロベールまで一緒なのである。


 商店街を挙げての大歓迎という話に発展してしまった。


「これもお嬢様の狙い通りですか?」


 来訪前日、打ち合わせにきた私に疲れた笑顔を見せるベルトランだ。

 けど、疲れの種類がこないだとはまったく違う。


「狙ってこれをやったなら、私は天下の大軍師になれるよ。でも、案外イヴォンヌさまはすべて計算してる可能性があるかもね」


 端倪すべからざる、という言葉通りのお方なのだ。

 胸に抱えた野心の量も、才覚も、行動力も、とにかく規格外すぎる。


「イヴォンヌ嬢が男に生まれていたら、大臣の座に駆け上がるか、危険視されて粛正されるか、あるいは王国に反旗を翻して独立勢力を興すか。なにかとんでもないことをやらかしただろうな」


 とは、私の家にきたイヴォンヌが帰った後、レオンが漏らした言葉だ。


 かなりの線で私も同意見。

 そしてもし私も男だったなら、喜んでその旗の下にはせ参じただろう。

 人格的な求心力も桁違いだから。


 女で良かったとレオンは言ったが、私としてはイヴォンヌが男に生まれていたらなあって思いの方が強いよ。

 ぶっちゃけロベールにはもったいなさ過ぎる。


「歓迎会は、本当にうちの店なんかでいいんですか?」


 ベルトランの言葉で、私は意識を現実に戻した。

 目の前に置かれた紙には当日の予定が書き込んである。


 商店街の入り口からゆっくり四人で散策して、すべての店に声をかけ、いくつか店で試食や試着をする。

 そして商店街が主催する歓迎会に出席するという流れだ。


「アルブルを救うのが私の目的だもの。ここが一番目立たないとだめなの」

「恐縮です」


「師匠の為だもの」

「もうお嬢様の方が、私より腕が上なんじゃないですか」


 そんなことを言って笑い合う。


 私がベルトランからお菓子作りを習っていたのは十二、三歳の頃だからね。さすがにあの頃より腕はあがっているよ。

 託児所の子供たちもレオンも大絶賛してくれるしね。


 でも、専門家に勝てるほどじゃない。


「当日の様子は、吟遊詩人が王都の広場で歌う手はずになってるから」


 絵入り新聞の取材ももちろんあるが、私が注目したのは吟遊詩人だ。


 噂話と同じ速度で伝播するそれは、新聞記事よりきっと早く確実に広がると読んだのである。

 信憑性という点では絵入り新聞と比較したらはるかに落ちるけどね。


 でもここで必要なのは信憑性じゃない。


 伯爵家のお姫様が商店街をそぞろ歩き、庶民の味に舌鼓をうち、平民たちと同じ服をまとう。

 そんなの、はっきりいってファンタジーだもん。

 話半分できいてもらえたらラッキーってレベルだ。


 だけど、半分くらいは興味を持ってくれるかもしれない。さらにその半分くらいの人が商店街に足を運んでくれるかもしれない。

 たとえば酒場や公園でうたう吟遊詩人の歌を一千人が聴いたら二百五十人だ。


 もちろんそんな甘い計算が成りたつわけないって判ってるけどね。





 そして当日である。

 スリール商店街の人々に大歓迎されながら、私たち四人は通りを歩く。


 四人っていうより、三人とおまけが一人って構図のはずだったんだけどねぇ。

 イヴォンヌへの歓迎の言葉と同じくらい、私への感謝の言葉も多かった。


「大人気ね。メグ」

「私に愛想を振りまいても意味ないんですけどね。」


 雑貨屋のご主人に手を振りつつ、私はイヴォンヌの言葉に微苦笑する。


 まずよしみを通じるべきはイヴォンヌ。気に入られたらお得意になってくれるかもしれないからね。

 その次はレオンやロベールみたいな騎士だろう。

 彼ら自身もそうだし、何千人って部下がいるからね。そういう連中が商店街を利用してくれる可能性もあるもの。


 そして最も意味がないのが私だ。

 ただの騎士の娘。宮廷における影響力はゼロだし、一兵も指揮する身分じゃないし。

 個人的に利用することがあるかもねってレベルだもん。


「メグ。人は利のみで動くわけじゃないわよ」

「じゃあ、なにで動くんです?」


「義よ」

「婚約者を奪った人に義を語られた……」


「宣伝のためにわたくしを利用したい。だけどそれ以上に、メグの骨折りに感謝しているの。この商店街の人たちはね」

「華麗に流しましたね?」


 まあべつに恨んではいないんだけどね、もう。


 イヴォンヌの瞳に宿る野心の炎を見て思ったんだ。ロベールの目もおんなじだなって。


 ひたすら上を目指して歩き続けたい。

 そしていつかは位人臣を極めたい。

 そういう生き様を選択した人たちの目だ。


 私はそうじゃない。

 そういう生き方は疲れるなあって思っちゃうタイプだ。だからロベールの妻になったとしても彼の力になることはできない。


 疲れた羽を休める枝、という役割ならできるだろうけどね。


「それはそれで重要な役目だけど、ロベールよりレオンでしょうね。そういう港を求めるタイプは」


 私の表情を読んだイヴォンヌが笑う。

 ニセモノの恋人だって知らないから、うまくやっているように見えるんだろう。


 とはいえ、イヴォンヌの意見には頷く部分も多い。

 格式の上ならレオンとイヴォンヌって普通に釣り合うけど、この二人が上手くいくって未来図をまったく想像できないもん。


 

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