第11話 次の一手


「もうちょっと平和的な解決法はなかったんですか? レオ」


 戦勝の報告にうちまで来てくれたレオンを応接間に案内しながら私は苦笑する。

 アルブルで俺に任せろと胸を叩いてから、ものの数日で商店街の立ち退き問題を解決してみせた白騎士だ。


 それ自体はすごく良いことなんだけど、やり方が武断的というか大げさというか。

 盗賊団のアジトを精鋭部隊で急襲して一網打尽とか、話を聞いたときにあんぐりと口を開けちゃったものである。


「充分に平和的だと思うぞ、メグ。ヤクザども以外、誰も傷つかない最高の一手じゃないか」


 一般人の被害はゼロ、騎士団も軽傷が数人いただけで実質的な損害はゼロのパーフェクトゲームだった。


 反対に盗賊団の方はチンピラが二十名以上殺され、主だった幹部は処刑場の露と消えた。

 さらに、取りこぼしは盗賊ギルドが始末を付けたらしい。

 王国政府へのけじめとしてね。


「皆殺しのどこが平和的なんですか。あの程度の連中、軽く脅してやるくらいでおとなしくなったのでは?」

「表面上はな」


 人の悪い笑みを浮かべる白騎士さま。


 軍学校なんかでしばしばおこなわれる弱い者いじめなどと一緒なのだそうだ。教官が叱ればそのときはおとなしくなる。

 反省もしてみせる。


 しかし、目の届かない場所で継続的におこなわれるし、むしろより陰湿になっていくものらしい。

 私は学校というものに通ったことがないからよく判らないが、そういうものなんだろうか。


 で、この場合も同じ。


 白騎士が一喝すればチンピラどもは震え上がって、もうしませんので許してくださいと地面に頭をこすりつけるだろう。


 そしてレオンが帰った後、ふたたび営業妨害を始める。

 今度は自分たちの仕業だとバレないように。巧妙に、狡猾に。


「具体的には悪い噂を撒いたり、仕入れ業者を脅したりだな」


 唇をゆがめてレオンが説明を続ける。

 こういう嫌がらせって、守る側がはるかに大変なのだ。

 嘘八百の悪評ですら、流されたら評判が傷つく。


 辛抱強く守り続けたとしても、いつしか商店街には人が寄りつかなくなってしまう。


「それでは結局店をたたむことになるからな。できるだけ早く始末を付ける必要があったんだ」

「すごいですね、理に適っています」


 彼の理路整然とした説明に私は深く頷いた。


 チンピラは反省なんかしないし身を改めることもない。だから徹底的に叩き潰して恐怖の味を教える。

 その味を憶えている間はおとなしくしている、ということ。


 ちゃんと考えておこなった作戦だったんだね。


「メグは俺のことを猪突猛進の猪武者だと思っていたんだろうな」

「まさかまさか。そんなそんな」


 超有能で冷徹な軍司令官のレオンと子供みたいに甘いものが好きなレオン。なかなか等号で結ぶのが大変です。






「そして、ここからはメグの仕事だ」

「はい。わかっています」


 レオンは敵を排除してくれた。でもそれだけだと、いまついちゃってる悪評を拭い去るのには時間がかかる。

 チンピラがうろうろしていたとか、通行人に嫌がらせをしていたとか、そういうやつね。


 もうそういうのはなくなるから、時間さえかければいつかはみんな忘れていくんだけど、商店街の人たちはその時間を捻出するのが大変だ。

 もちろんベルトランもね。


 すでにお客さんは激減しちゃっているのである。

 戻ってくるまで待っていられない。


 すぐにでもお客さんが押し寄せるような、そんな宣伝活動が必要になる。


「考えてみれば俺たちの仕事より大変かもな。ただ敵をやっつければ良いというものでもない」

「私が切れる手札で一番強力なのはもちろんレオなんですけど、もう切っちゃいましたからね」


 くすりと笑う。

 白騎士の名前を宣伝に使うことはできない。

 それをやってしまうと、盗賊団をやっつけたことが私怨だったかのよう思われてしまうんだよね。


 となると、私が友達とか動員して、騎士家の子女が通う商店街ってかたちの宣伝が良いかな。


「レオに比べると、三段も五段も落ちてしまうんですけどね」

「それならば、伯爵令嬢ご用達という看板はいかがしら?」


 突如として割り込んだ声に驚いて視線を巡らせば、傲然と胸を反らすイヴォンヌが目に映った。

 あと困り果てた顔の使用人ね。


「イヴォンヌさま……」

「きちゃった」


 いやあんた、突然恋人の家に押しかけちゃった恋人みたいなポーズで言われても。


 そもそも、先触れもなしに伯爵令嬢が訊ねてきちゃダメでしょ。


 それ以前の問題として、私とイヴォンヌは互いの屋敷を行き来するような間柄じゃない。


「どうしてここに……?」

「着いたのはさっきなんだけど、なんか面白そうな話をしているからこっそり立ち聞きしていたのよ」


 うん。

 そっちについての質問じゃねえよ。

 いや、そっちも充分にアレなんだけどさ。


 伯爵令嬢が先触れもなしに、友達ってわけでもない騎士の屋敷に押しかけ、先客との話を面白そうだからと立ち聞きして、良いタイミングで割り込んでくる。


 こんな話をして、誰か信じてくれるかなぁ。

 無理じゃないかなぁ。


「もう、どこから突っ込んでいいのか判らないんで、ツッコミは放棄します……」

「あきらめるな。がんばれ」

「謎の激励はやめてくれませんかねぇ……」


 もうヤダこの悪役令嬢。


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