閑話 悪役令嬢のオモワク


 ある日、ダウンタウンの裏を仕切っている盗賊団のひとつが壊滅した。


 突如として本拠地を包囲され、問答無用に攻撃されたのである。

 しかも王都守備兵ではなく、正規軍の最精鋭部隊のひとつである『白の騎士団』によって。


 圧倒的な戦力差に戦闘と呼べるような事態にはならなかった。ただの駆除である。


 頭目をはじめとした幹部たちは瀕死の状態で捕らえられ、即決裁判の後に首を晒された。

 それ以外の小者はその場で斬り捨てられた。


 罪状は、騎士家と縁のある商店街に手を出したことである。


 知らなかった、では済まされない。

 無頼漢ごときが軽々に触れて良い領域ではないし、王国政府としても無原則に寛大な笑顔で許してやることはできないのだ。


 そして王国の四翼と呼ばれる精鋭部隊のひとつが動く。


 このような事態を招いてしまったことに関して、盗賊団を束ねる盗賊ギルドから秘密裏に謝罪があった。

 これを王国側が受け入れ、この件は手打ちとなったのである。


「どう思いますか? ロベール」

「民は快哉を叫びました。歓楽街なんか作るために善良な人々を苦しめていたヤクザ者が一網打尽にされたのだから当然でしょうね」


 婚約者の問いかけに、十四騎士の一人であるロベールは薄く笑った。

 じつにわかりやすい構図だ、と。


「で、本音は?」


 イヴォンヌもまた笑っている。

 自分では邪悪だと信じている顔だということをロベールは知っているが、口に出すと怒られるので何も言わなかった。


「助けられた商店街のなかにベルトランの店がありました。となると真相が透けて見えてくるかと」


 独自に集めた情報に彼自身の解釈を交えて披露する。


 ベルトランというのは、かつてルグラン家で家庭教師をしていた。

 ロベールの元婚約者が菓子作りを学んでおり、しかもよく懐いていたことを彼はよく憶えている。


 そういう人物がヤクザ者に苦しめられているとき、黙って見ているようなマルグリットではないことも、よく知っているのだ。

 良くいえば義理堅く筋を通す性格であり、悪くいえばお節介な娘である。


 窮地の知人を助けるために、一肌脱いだことは疑いようもない。


「ただ、白騎士どのの力を借りて、という部分に少し違和感を憶えますが」


 騎士団で本拠地を急襲するなど完全に武人の発想だ。

 つまりこれは白騎士レオンの作戦だろうこと、疑う余地もない。


 となれば、マルグリットがレオンに泣きついた、という結論になるのだが、どうにも自分を納得させられない。


「他人の力をアテにして事態を解決するような娘ではないんですよね」

「よくご存じですのね。妬けてしまいますわ」


 混ぜ返すイヴォンヌであったが、じつは彼女も同じ感想を抱いている。

 マルグリットに会ったのは一回だけで、しかもそう長い時間ではない。しかしその短時間で、イヴォンヌはぴーんと張った筋を見た。


 体型こそ丸いが、鍛え抜かれた小剣のように鋭く、堅く、まっすぐなのだ。

 騎士とはこうあるべき、というのを体現しているかのように。


「もしあの娘が男性だったら、わたくしはロベールではなくマルグリットさんにアタックしたでしょうね」

「意味不明な上に気色悪い仮定はやめていただきたいのですが……」


 とうのロベールは苦笑である。

 もしマルグリットが男だったら、彼は男同士で婚約していたことになってしまうのだ。


「そのくらい女にしておくには惜しい娘だということですわ」

「それは貴女も同じでしょうに……」


 トゥルーン王国では女性の騎士叙勲は滅多にない。認められていないというわけではないが、前例として一つ二つあるかないかというレベルだ。


 女が戦場に立つな、というのが建国当初からの伝統だから。

 ただ最近ではその伝統も厳格なものではなくなって、女性兵士や女傭兵などを見かける機会も出てきたが。


 騎士というのは士官であるだけでなく、爵位を持たない貴族だ。

 ほいほいと数を増やすというわけにはいかないし、そもそも女性が騎士家を襲名した場合、相続の問題も出てくる。


 簡単な話ではないのだ。


「ともあれ、マルグリットさんが白騎士レオンに泣きついたというよりは、白騎士が自ら動いたと考えた方が納得しやすいですわね」

「そうですね」


 イヴォンヌのセリフにロベールが腕を組む。

 しかしそうなると、べつの疑問も生まれてくるのだ。


 白騎士というのは、恋人の歓心を買うために軍を動かす程度の人物なのだろうか、と。

 答えは自ずと否である。


 そんな人物が四騎士のひとりに抜擢されるほど、トゥルーン王国は人材不足にあえいではいないし、レオンには門閥貴族の後押しもない。


 そこだけ抜き出せば現在のロベールよりも悪い境遇の中で王国軍のトップにまで上り詰めた男なのだ。

 甘くもぬるくもないだろう。


「白騎士は女のために国軍を恣にした、という噂を流すという手もありますわ」


 自分では意地悪っぽく見えると信じ切っている顔でいうイヴォンヌ。

 情報工作としては悪くない。

 しかし同時に諸刃の剣だ。


 盗賊団が壊滅し頭目が首を晒され民は快哉を叫んでいる。その立役者の悪い噂をばらまくのは、ともすれば妬み嫉みだと思われるだろう。


「それも手としては有効だとは思いますから、情報戦を仕掛けますか? イヴォンヌ」

「……やるわけないでしょう。そんなみっともないこと」


 自分で提案したくせにあっさりと切り捨てる伯爵令嬢だった。

 功績を妬んでいるなどと噂されるのは屈辱の極み。


「そんなくだらない手より、もう少しマルグリットさんについて知りたくなりましたわね。敵とするより友とした方が、この後の展開が面白そうですわ」


 にっと笑う。


「イヴォンヌとマルグリットが仲良くなると、僕の立場が大変に微妙なことになってしまうのですが」


 やれやれと肩をすくめるロベールだった。

 もう二度と会うまいと言って別れてから、一年もしないうちに再接近するというのは、気まずいにもほどがあると。

 

 


 

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