第10話 好戦的豆戦車


「あんたら! なにやってんのよ!!」


 走りながら大声を張り上げる。

 声を出すってのはすごく大事なんだ。静かに無言でやっつけるってのも格好いいけど、それはすごく実力差がないと無理。


 だから破落戸ゴロツキなんかは、まず凄むんだよね。


「なんだてめえ」

「まめっこいのが走ってきたぞ」

「豆戦車チャリオットだな」


 くだらないことを言ってげらげらと笑う。

 見るからにチンピラだ。


 大の男が菓子なんか食べない、という狭量からは解放された私だけれど、こいつらがアルブルの利用客でないことは判る。

 誤解のしようもない。


「おまめちゃん。ころぶなよう」


 馬鹿にしまくった声だ。


 私は内心でほくそ笑み、さらに加速しながら右足を蹴り上げる。

 最も近いところにいた男の股間をめがけて。


 何のためらいもない先制攻撃だが、チンピラたちがわざわざ言質を与えてくれたからね。


 騎士の娘を平民が面罵した。

 無礼打ちでずばっと斬り殺されても文句はいえないんだ。


 景気のいい音とともに、悶絶するチンピラ。

 石畳を転げ回る。


 残った連中がざわっと色めき立ち、戦闘態勢に移行しようとした。


 遅い。

 遅いよ。

 こっちもすでに次の目標ターゲットを絞っている。


「良いことを教えてやろう。貴様らがいま馬鹿にした令嬢は、白騎士たるこの俺の恋人だ」


 ところが、私が仕掛けるよりも早く、飛燕みたいな速度で追いつき、追い抜いたレオンが、立て続けに三人ばかり殴り飛ばす。

 腰間の剣を抜かなかったのは、あまりにも実力差がありすぎるからだろう。


 圧倒的すぎる戦闘力に、私の目は点になってしまう。


「ひ……っ!?」

「白騎士レオン……っ!」


 目が点ではすまず、顔面蒼白になるチンピラども。


 白騎士の地位は騎士の娘なんて比じゃない。

 国王陛下に直奏できる立場だからね。敵対するってことは、その人だけの問題じゃない。親兄弟はおろか親類縁者にまで累が及ぶんだ。


「二度は言わぬぞ。去れ」


 低く、押し殺した声だがなぜかよく響く。

 怪我人を担ぎ、チンピラたちが脱兎のように逃げていく。


「お見事です、あいたっ!?」


 褒めようとした私のおでこを、レオンがピンと右手で弾いた。


「何するんですか! レオ!」

「なにをするかじゃない! 危ないことをしちゃいけないといつもいっているだろう!」


 いや、一度も言われたことないけども?

 あなたは私のお父さんですか?


「たまたま雑魚ばかりだったから良いようなものの、ひとりで飛び出すとかありえないからな」


 怒ってる。

 戦うのは自分がやるからと。


 けどさ、それは筋が違うじゃん。

 チンピラどもが営業妨害していたアルブルは、私がお世話になったベルトランが営んでいる店だ。

 それを守るために戦うのは騎士の誇りに照らしても当然である。


 でもあくまでも、私の戦いね。


 手を貸していいのは家族とか、恋人とか……あ、恋人でしたね。レオンは。

 名目上の話だけど。


「判りました。飛び出すときは一声かけます」

「飛び出すな、という話なのだがなぁ」


 がりがりと頭を掻く白騎士様だった。





「お嬢様! ありがとうございます!!」


 店の扉が開き、こけつまろびつ中年男性が飛び出してくる。

 私のお菓子作り先生であるベルトランだ。


「大丈夫だった? あいつらはなに?」


 安心させるように私はとんとんと腰のあたりを叩いてやった。

 それから、中で話そうと促す。


 私とレオンの大立ち回りは大変に注目を浴びてしまい、商店街の皆さんから拍手まで送られる有様だったから。

 非常に居心地が悪いんですよ。


 レオンは威風堂々と受け止めてるけど、私はそういうのに慣れていないのだ。


「このあたりを歓楽街にしようって連中がいるんですよ」


 テーブルに着いた私たちにケーキとお茶を振る舞いながら、ベルトランが説明を始める。


 話としてはそう難しいものではない。


 商店街を歓楽街にしてしまおうって動きがあるんだそうだ。

 娼館とか妓館とかずらーっと並べちゃおうって。

 で、いまある商店とかに立ち退きを迫っているらしい。


「ふうむ」


 説明を聞きながら腕を組んだ。

 じつは、よくある話ではあるんだよね。ぶっちゃけ性に奉仕する店の方が儲かるから。

 客が使うお金が全然ちがうもの。


 ただ商店街としては、できればそんな店を出してほしくないんだよね。

 この理由も簡単で治安が悪くなるから。


 さっきの破落戸みたいな連中がうろうろしてたら、たとえば私みたいなか弱い乙女は怖くて近づけない。


「か弱い乙女が男の股ぐらを蹴り上げる……」

「なにか言いましたか? レオ」

「いやべつに……」


 ぼそぼそ言ってる白騎士をぎろっと睨んでおく。


 本当に怖いんだって。

 いつ拐かされて娼館に売り飛ばされる判らない場所に、喜んで行きたい女性がいるわけないじゃん。

 年頃の娘さんをもつ親だって同じだ。


「そして歓楽街として一時的には人が増えるんだけど、すぐに飽きられてスラム化していくんですよね」

「そうだな。王都守備兵シティコマンドたちも手を焼いている」


 私の予言に白騎士が重々しく頷いた。


 行き場所のない孤児や、あるいは家出した子供たち、そしてそれを食い物にする大人たちがあつまり、ある種の魔窟のようになっていく。

 そんな場所が王都コーヴにはいくつもある。


 シティコマンドが定期的に大掃除クリーンナップして追い散らしてるけど、もともとが行き場のない人たちだからね。

 Aというスラムを潰せば、Bという場所に自然とまた集まってくるだけ。


「こんなに嫌がらせをされたら商売が立ちゆきません。商店街の連中とも相談しているのですが出て行くしかないかと」


 疲れた顔でため息をつくベルトランだった。

 繁華街での商売のつらいところだよね。


 それこそリシェスみたいな高級住宅街にあるなら、むちゃくちゃ治安は良いからこういう心配とは無縁なんだろうけど。


「出ていく必要なんかないさ」


 不敵な笑みをレオンが浮かべる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る